そして入牢する

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 その翌日の昼前頃、ふたりは稲置街道を南に下り、羽黒、楽田、弐ノ宮、味岡を過ぎて小牧宿まで来ていた。 「平助、いい加減にしろ。弐ノ宮はとうに通り過ぎただろうが」 「平気だよ、日が落ちるまでに着けばいいんだからさ」  小牧宿のとある飯屋で二人は昼食をとっていた。  互いに独り身で荷物も少ないだろうと、翌日には赴任先に行くように黒岩に命じられたのだが、独り身同士とはいえ、それぞれそれなりに人つき合いはある。  その日のうちに慌ただしく挨拶をしてまわり、夜中には荷物をまとめて出ていくばかりにしてはいたのだが寝坊して住み慣れた長屋から出るのが遅くなってしまったのと、朝飯を食べ損なったので少し早目の食事をしているのである。 「これ食べ終わったら行くんだぞ」 「うん」  途端、平助の箸の動きが遅くなった。それを見た林太はため息をつく。  幼い頃に高見村が大水で無くなった以来、身寄りといえるのは互いに相手しかいなく、ずっと身を寄せあって生きていたふたりである。離れ離れになるのが辛いのは当然であった。  しかし瀬月の言う通り、いずれは独り立ちしなければならぬのである。歳上の林太は心を鬼にして言わねばならなかった。 「なあリン兄、なんで一緒じゃ駄目なんだろう」 「だから俺たちが独り立ちするための瀬月様の心遣いだからだろう」 「そうかなあ」  平助の疑問は正直、林太もそう思っていた。  おそらく本来の目当ては姫様から離すだけでなく、つながりをばらばらにして動きを封じる為だと思う。そこまではよい。林太が分からないのは何故自分が、尾張城勤めの筆頭老中である瀬鳴弾正の配下で瀬鳴家家老である三冬様の下で勤める事になったかということである。書物奉行の与力で士分並という身分の林太にはありえない出世なのだ。  だが今はそれより弟分のことを考える場合だと林太は言葉を続ける。 「平助、別に今生の別れというわけでもないし、弐ノ宮と尾張城は近い。休みになれば会えるのだ。瀬月様の言葉ではないが、俺とてお前が独り立ちしないのを心配している。だから今はこらえ時だと思え」  今はこらえ時だと思え、これは幼いときから林太が言う励ましの言葉である。その言葉に平助はようやく心を決めた様に飯をかきこむように食べ、ご馳走さまと手を合わせた。  飯屋を出るとふたりは別れの挨拶をし、平助はもと来た道を戻っていく。その姿が見えなくなるまで見送ると、林太もまたおのれ自身を奮い立たせ尾張城下へと向かうのだった。 ※ ※ ※ ※ ※  着くのは夕方になるかと平助は思ったが、弐ノ宮には一刻ほどで到着した。  あい変わらずでかい森だなと見上げなからそう思う。  東西半里に南北一里ほどある森の中に、弐ノ宮神社の本殿がある。南側に入り口でもある壱の鳥居があり、そのまま参道を進むと、弐の鳥居、参の鳥居そして拝殿がある。  拝殿の後ろに本殿があり、そこに御神体である巨大な銀杏木が祀られている。その高さは森一番であり、森の外というか白邸領のどこからもそれがわかる程だ。  さらに本殿の奥に奥の宮があるが、そこには何があるかは宮司しか知らないらしい。  平助は拝殿に参拝すると右側にある参集殿と左側にある社務所を交互に見て、くるりと後ろを向き壱の鳥居まで戻っていき、その脇にあるみずぼらしい小屋に来た。 「御免、津入江(ついえ)様はおみえですか」 しばらく待ったが返事がない。もう一度声をかけるがやはり無い。  おかしいなと思いながら戸を開けるとひらいた。 「うっ」  部屋中が酒臭い。酒に弱い平助は思わず鼻をつまんだ。そして中に人の気配を感じる。 「う、う~ん」  寝起きのような声が聞こえてきた、なんだ居るじゃないかと思った。  小屋の中は入り口から土間が奥に一間半程で、右側には竈や水桶がある。  左側には畳敷きの小上がりが四畳半ほどがあり、そこには布団がひいてあり、そこに男がくるまって寝ていた。 「津入江様、起きてください、高見です、ご無沙汰しています」  ようやく人が来たと分かったのか、飛び起きて目をしょぼしょぼさせる。しばらくして目の焦点が合ってきた。 「おお、おお、平蔵か。久しぶりじゃの。どうした、何の用じゃ」 平助は畏まり懐から書状を取り出すと、津入江に差し出す。 「お役目交代です。ただいまより某が弐ノ宮番となり、津入江様は奉行所務めに戻ります」  何を言ってるのかよく分からなかったのか、津入江はぼぉぅっと聞いていたが、ようやく頭に言葉が染みると、平助に飛びかかるように聞き直してきた。 「い、いまなんと、お役目交代と言ったな、言ったよな、間違いないよな」  胸ぐらを掴まれぶんぶんと揺らされながら、は、はいと答える。  それを確かめると津入江はその場にへなへなと座り込んだ。 「やっと、やっと、ここから離れられるのか」  俯きながら涙声で呟く、よく見ると目尻から本当に涙がこぼれていた。本当にここが嫌だったんだなぁ、と平助は思った。  そしてそんな所が平助の新しい生活の場なのだった。
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