弐ノ宮の平助

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 津入江の羽織と袴を脱がし、横にすると帯の結び目を腹の方にまわす。 よく寝ているのを確かめてから、ヘイスケは表に出て伸びをし小屋の様子を見てまわる。あちこち壁に穴が空いていたり、傾いていたりする。 「うわ、屋根にまで穴が空いているじゃないか。こりゃ色々と大変だぞ」  誰というわけでもなく独り言を言うと、小屋に戻り寝仕度をして明かりを消した。  境内が暗闇に包まれてからしばらくすると、小屋から少し離れた物陰にかくれていた人影が離れていく。その少し後にその人影についていく別の人影があった。 ※ ※ ※ ※ ※  先頭の人影は神殿まで来ると、その隣の社殿に入っていった。後からついてきた人影は物陰からその様子をしばらくみたあと、もと来た方へ戻っていく。木々のわずかなすき間からの星明かりが顔を照らし出す。平助であった。  小屋に入る少し前から尾けられていると感じたので様子をみていたが神社の奴らだったかと知る。  津入江との酒盛り中も様子を伺っていたので、明かりを消して寝たふりをした後忍び装束になり、屋根の穴の空いたところから抜け出し、後を尾けたのだった。  正体がわかったところで、忍び足で戻っていくと、小屋を通り過ぎて神社正面まで出ていく。ぼおぉぉぉん、とどこかの寺の鐘が鳴った。 ──丑三つ時か、草木も眠る時だっけ──  そんな事を思い出しながら、神社というか森の正面を東に向かった。いちばん端まで来ると、森に沿って今度は北に向かう。夜のうちに神社全体を見ておこうとしているのだ。  平助の忍び装束は見た目は職人装束に見える。少々違うのは色は黒に近い藍色で少し丈が短く動きやすい作りになっていることか。  黒紐組の者は奉行所勤めの長着羽織袴の下に着込んでいて、必要な時にはすぐにその姿になる。忍び装束と同じ色の布を取り出し顔に巻き、手を袂にしまってしまう、まるで闇に溶け込むように。その格好で音もなく走る姿は闇夜の風のようだった。  神社の東面は森に沿って田圃用の水路があり、その隣は今ヘイスケが走っているあぜ道がある。、水路の反対側は田圃が広がっている。  森の北端まで来る。道はまだ北へ続いていて、西に折れる所は無い。森の北面も田圃になっていた。  ぐるりと道で囲まれていると思っていた平助はあてが外れたなと、がっかりする。仕方ないのでそのまま道を北上する。  ずっとまっすぐなら困ったなと思ったが、ほどなく十字路に着いたので左に曲がり西へ向かう。  すると橋の架かった川に出る。普通の人なら飛び越せない川幅ではあるが平助なら飛び越せる。  しかし真夜中でもあるし、万が一の場合溺れるかもしれないという恐怖が、橋を普通に渡るという当たり前の行動をとらせた。  渡ってすぐに丁字路に着き南下する。森の南西端までくると、森に隣接するように池があった。川から水を引いて造った溜め池らしい。そう思ったのは、溜め池の形が真四角に近かったからだ。  溜め池の南面は道となっており、今走っている道と森の中を繋いでいた。そこを折れ曲がり森の中へ入ろうか迷ったが外回りの方を選んだ。  そのまま南下しながら、西側を見ると百姓家が点在している。その向こうは昼中ヘイスケ達が歩いた稲置街道だ。  道は昼間通った神社正面にある道との丁字路に繋がる。左に曲がり神社正面に着くと、息をととのえて小屋に戻っていった。  夜明けまでまだ一刻はありそうだなと思いながら、津入江の横に寝転び床についたのであった。 ※ ※ ※ ※ ※  夜明けとともに境内が騒がしくなってきた。  その物音で平助は目を覚ます、隣の津入江はまだ夢の中であった。  小屋のすき間穴から外をうかがうと、禰宜やら下男やらが掃除をしていた。へえ夜遅くだけでなく朝早くからも動いているんだと感心して見ていると、集められたごみを持ってこちらにやってくる。何事かと様子を見ていると、小屋の前に集められたごみを捨てていく。 おいおいと思って呆れている間に、皆本殿の方に帰っていった。 「う、う~ん」  津入江が起きたようなので先ほど起きたことを話すと、ぼりぼりと背中を掻きながら事も無げに言う。 「いつもの事だ、近くの百姓どもがあれを取りに来るまでのごみ置場にされているんだよ」 津入江は起きて外に出てごみを見る。 「ふん、今朝はましだな。腐った物も死骸もないようだ」 ある時もあるのかよと、平助は顔をしかめる。  中に戻ると、二人は顔を洗い身だしなみを整える。昨夜は慌てて帰ろうとした津入江だったが、ぐっすり寝て落ち着いたのだろう、あらためて帰りの支度をはじめた。忘れ物をして二度と戻ってこないようにと、それはそれは念入りにしていた。 日も大分高くなってきた頃、そろそろ挨拶に向かうかと津入江は満面の笑みで平助と本殿に向かったのであった。
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