弐ノ宮の平助

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 本殿横の祭祀殿にて、津入江と平助はもう二刻くらい待たされていた。 板間にずっと正座しているのは、かなりきつい。 津入江は何度も何度も足をもぞもぞしている、平助はそれよりも我慢出来るのだが、さすがに苛ついてきた。 「待たせたかぇ」  甲高い声とともにようやく来た宮司の(いつき)は、悪びれもせず上座に座る。所作はきれいだなと思った。 「宮司様にはご機嫌うるわしゅう。この度、お奉行の指示により役目を交代することになりました」 「ふむ、で、其奴が代わりかぇ」 「高見平蔵と申します。今後ともよろしくお願い申し上げます」 「ふむ、若そうでおじゃるな。いくつかぇ」 「十六になります」 「ほほう、その歳でここに来るとは、よほどの能無しなのでおじゃるな。なにせここは能無しの武士が来るところじゃからのぅ」  口が悪いとはきいていたが初対面でこれとは思った。だが、さくら姫の事を思って我慢した。津入江は顔が真っ赤である。おそらくこんな言葉をずっと言われ続けてきたのだろう。 「前任者、何というたかの。まあろくな仕事をしておらぬので覚えられなかったのぅ、ごくろうでごじゃったな。達者でのぅ」  それだけ言うと、樹宮司はさっさと出ていった。  ふたりはずっと頭を下げたままであったが、祢宜が下がるように言ったのでようやく帰る事ができた。 ※ ※ ※ ※ ※ 「くそっ、くそっ、くそっ、最後の最後まであれかよっ。あんな奴、あんな奴、もう二度と見たくもないわっ」  小屋に戻る途中の参道で悪態をつくのを平助がなだめると、津入江はようやく落ち着きため息をつきながら逆に労う。 「すまんな平蔵。お主には何も恨みがないから、なおさら気の毒に思う。あの姫様に関わるとひどい目にあうという事だ。達者でな」  津入江は早足で小屋に向かうと、帰り支度を絶対忘れないように何度も確認して、平助に挨拶もそぞろに走るように帰っていった。 「やれやれ、よっぽど嫌だったんだろうな」  嬉しそうに帰る背中を見送りながら、ため息をついた。 ※ ※ ※ ※ ※  津入江久太郎がこうなったのは身から出た錆なのだが、当人はそう思ってない。  さくら姫が見合いのため十三歳のとき白邸領にもどり、相手を叩きのめしてお流れとなったしばらく後、平助と林太は士分並として書物奉行の与力となり、その時の上役が同心の津入江だった。  姫様とはいえ小娘の御守りと不満げだったが、よく考えれば殿の覚えがよくなるやもと、さくら姫の後をついていく。  ところがせっかくさくら姫も平助林太も町人の姿をしているのに、津入江は同心の格好のままついてくる。どこへ行くにも何をするにも同心としてなりませぬなりませぬとさくら姫の御守りというか邪魔ばかりをする。  これではたまったものではないとさくら姫は津入江についてくるなと言うが、なりませぬなりませぬと口ごたえをする。  怒ったさくら姫は津入江から逃げるようになり、さながら城下町で鬼ごっこをするようになった。  まだ元秋康之進と知り合う前だったので決まった処がなく、津入江も町娘になっているさくら姫を見失っては御役目不届きになってしまうと、互いにむきになって走りまわる。  そして平助と林太はふたりの板ばさみでどうしたものやらと困っているところに、津入江が失態をおかす。たまたまさくら姫と同じ着物の少女を間違えて追いかけてしまったのだ。  必死の形相で追いかけてくる同心に怯えた少女は家に逃げ帰る、そこは炭問屋で屈強な若衆がそろっていた。津入江はそこをどけと乱暴にどかそうとしたからさあ大変、侍がなんだとばかりに津入江を痛めつけ、騒ぎを知った町奉行に取り押さえられる。  なんやかんやあった結果、津入江は閑職にまわされ騒ぎがおさまったのだ。 ※ ※ ※ ※ ※ 「さてさて、いよいよ独りかぁ。俺いらがちゃんとやらないと姫様に会えないんだ。しっかりしなきゃな」  平助はまず、小屋の掃除から始めることにした。  造りは、土間が一畳半の広さと畳部屋が四畳半、それと物置が一畳の全部で七畳の広さ。それなりに大きい。しかし物はあまり置いていない。 「道具を借りなくちゃ」  神殿に向かいそこにいた下男に頼んだが、禰宜達に叱られると断られる。無理強いはできぬと諦め、近隣の百性から借りてくる。  まずは天井から埃を叩いて、棚を水拭きして、畳を掃いてさらに水拭きをする。中をきれいにした後は、外の壁と屋根の穴を修理する。  身軽に甲斐甲斐しく働く平助の姿を見て、神社の者共は、張り切っているのは今のうちだろ、どうせ途中でだれてくるさと思っていた。  ところが思いがけぬ事が起きる。平助は小屋の掃除を終えると、社内の清掃も始めたのだった。これには皆も驚いた。  小屋のまわりの掃き掃除をすると、祢宜や下男が持ってくるごみを置く場所をこしらえた。 「さて、これで小屋の前に、ごみを置かれなくてすむな」  しかしその思惑は外れ、翌日も小屋の扉の前に置かれていた。嫌がらせが目当てだと平助はようやく気がついた。
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