7.星影に結ぶ珠

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 * *  黄昏の迫る庭園にはたくさんの人がたむろしていた。至る所にテーブルが置かれ、真っ新なテーブルクロスが掛けられ、様々な料理や飲み物が乗せられている。  その間を縫うように歩きつつ、アデレードはまわりをこそこそと検分していた。談笑する人々に特別見知った顔はない。つい引き寄せられてしまう蜂蜜色も見当たらない。楽しそうな招待客の中、ひとり取り残されたような錯覚を覚えてまるで壁の花の気分だ。すぐ溜息をつきたくなるし胸の片隅に居座るお嬢さまも折に触れて存在を主張してくる。もう到着しているだろうか。  本来ならば学生時代の憧れの人とお近づきになれたのはもっと喜ばしいことのはずだった。だがウィルトールが絡んでくるとなると話は別だ。ローディアが本当は昔話をする気がないことくらいアデレードも充分わかっているし、根掘り葉掘り聞かれるだろう未来に思いを馳せるとどうしても複雑な気持ちになってしまう。  空も木々も何もかもが黄金色の光に染まっていた。楽団の奏でる明るい調べをどこか別世界のもののように感じながら、手近なテーブルのそばで足を止めた。何気なく本館を振り仰ぎ、先ほどまでいた〝暁の間〟はどこだろうと眺め──アデレードは深く息をついた。手にしていたポーチを胸に抱き締める。今日受け取った手紙は何もローディアからだけではない。  ──宵の鐘の頃、東屋(ガゼボ)の下。 「別邸(ここ)にガゼボなんてあったかしら」  文面を読んで真っ先に出てきた言葉がそれだった。  横から覗きこんだアネッサとディートも怪訝そうに顔を見合わせていた。曰く、数週間滞在しているがそんなものは一度も見たことがないと。ただ、敷地内をくまなく探索したわけではないようで、 「もしかするとわかりにくいところにあるのかもしれないね。嘘をつく子じゃないもの」 「庭園の端にアーチがあることなら知ってるの。中に長椅子が置いてあってちょっとしたガゼボに見えなくもないけど……そこではないのかしら」 「わざわざ〝本館の裏手〟とあるからねぇ」  三人でしばらく頭を悩ませたが結局はお手上げ状態で部屋を失礼してきたのだった。役に立てず申し訳ないと頭を下げられ、逆に恐縮してしまったアデレードである。  先に下見をしておいた方がいい気がした。場所がわからないままそわそわヒヤヒヤ時を過ごすよりちゃんと確認しておいた方が安心できる。  そうとなれば善は急げだ。意気込んで一歩を踏み出した瞬間、 「アデレードじゃん」  聞き覚えのある声が飛んできた。思わずむっと眉間にしわが寄る。  振り向けば予想した通りの人物がそこにいた。短く揃えた金の髪に夏の海の色をした碧色の瞳。喧嘩友だちと言っても過言ではない幼馴染セイル。驚きの色を滲ませていた彼の双眸は次いで訝しげに眇められた。 「なんでお前も来てんの?」 「来ちゃいけなかった?」 「なんでって思ったからそう言っただけだろ。お前こそすぐぎゃんぎゃん噛みつくなよな」 「誰が、いつ噛みついたのよ! 人聞きの悪いこと言わないでほしいわ」  半眼を閉じ、本当に嫌そうな顔を向けてくる幼馴染にアデレードの眉尻も上がる。  よりによってセイルと会うなんて。主催側の人間だからもちろん出席していて当然とはいえ、十人に聞けば十人ともがこういう場に一番相応しくない人として四男(セイル)の名を挙げると思う。顔立ちは整っているし背も高いから黙っていれば格好いいのに、口の悪さが全てを台無しにしてしまっている残念男だ。  そのセイルはアデレードとの会話をさっさと終わらせることにしたようで、あたりをきょろきょろ見回していた。と思うと再び「なあ」と呟いた。 「飲み物置いてるとこ知らねえ? 酒じゃなくてジュースとか」 「どうしてわたしに聞くのよ」 「知らねえなら別にいい」 「……向こうで見たわよ」  離れたテーブルを指差すとセイルの顔がにわかに明るくなる。  短く礼を述べあっという間に小さくなった彼は早速品定めを始めた。控える使用人にあれこれ聞きながら選ぶ様をしばらく無言で見つめていたアデレードだったが、 「ねえ、ここに東屋(ガゼボ)があるって聞いたんだけど」  歩み寄りながら声をかけた。彼は「がぜぼ?」とわかりやすく眉間にしわを刻んだ。 「……って、なに?」 「壁がなくて柱と屋根だけの建物っていうか……中に椅子があったりして休憩できるところ。フォルトレストの、小母さまのお庭にもあるじゃない」  身振り手振りをまじえて説明し終える前に、セイルの「あー」という声がかぶる。だがあごに手をやり訝しげに宙を睨むその面持ちを見るに、本当に理解して出た声なのかは疑問が残った。セイルの場合、その場しのぎの返答という可能性が大いにある。というかそうに決まっている。  わざとらしく深い溜息をついてみせるとアデレードは片手を額に当てた。 「もういい。聞いたわたしが間違ってた」 「……そのガゼボが、なんだよ」 「知ってたら教えてほしかったの。あとでウィルトールと待ち合わせてるから」 「多分あれだと思う」 「は?」  使用人からグラスを受け取ったセイルは、むすっとした顔でアデレードを見下ろした。 「ついてこいよ。オレが思ってるやつとお前の言うやつが同じかは知らねえけどな」
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