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熱を孕んだ瞳に迫られるとアデレードの背筋が震えた。そこに籠る、納得する答えを引き出すまでは逃さないという気迫に打ちのめされそうになる。
胸の奥で恐怖心が顔を覗かせた。うわべを取り繕っただけの言葉は必ず看破される。けれどどんな言葉を並べればいいのか。全て忘れてもらえないことには前にも後にも進めない。心に秘めた想いだと思っていたから今までやってこられたのに。
「……笑ってたんでしょ」
ぽつりと呟いた言葉は上手く届かなかったらしい。訝しげに眇められた彼の双眸を真正面に見返した。
「言ってくれたら良かったじゃない、手紙のこと。全部知ってて、何もなかったみたいな顔して会ってたんでしょう? それって、陰で笑ってたってことでしょ……」
鼻の奥がつんとした。馬鹿みたいと口の中で呟くと視界はどんどんぼやけていく。
今夜この片想いは終わる。わななく唇を噛み締め、アデレードは顔を伏せる。
「何もなかったんだよ」
静かな声が降ってくる。彼はアデレードをそっと離した。
「言えるわけがない。始めからなかったことになったんだ。アディの中から手紙そのものが消えたから」
「……だとしても、」
「確かめてみたかったけど、それ以上に余計な刺激になるのは避けたかった。忘れたならそれまでのことだったんだとも考えた。……そうしたら、」
続く言葉を固唾を飲んで待っているとウィルトールは片手を腰にやり、もう片方の手は拳を作って口許を隠した。
「春だったかな……夜に飛んできたことがあっただろう。俺が縁談するのかって」
「え、あ、そのことはもう言わないで……反省してるから」
「あれは嬉しかった。慕ってくれる気持ちは変わらないんだなって」
虫の音に紛れそうなほど小さな囁き。藍の瞳には僅かながら明るい光が滲んでいるようだった。
きょとんと目を瞬かせたアデレードを横目に、ウィルトールは数歩離れた。
「どんなときもまっすぐで一生懸命で、ほんの一時期の思い出がなくなったからって何も関係ない。アディだけは信じられる」
「ウィルトール……」
「考えるより先に走っていくところは、危なっかしくて目が離せないけど」
「う……」
アデレードは軽く俯いて身を縮こめる。もはや耳にたこができそうな指摘は情けない以外の何物でもなかった。
顔を隠すように両手で頰を覆うのと、ウィルトールが再びアデレードに向き直ったのは同じタイミングだった。
「俺のそばにいてほしいんだ。ずっと」
「……え?」
「アディのことが好きだよ」
その瞬間、世界から音が消えた。たっぷり十数秒固まったアデレードがやっとのことで口にしたのは「うそでしょ」という語だった。
「どうせ妹とか、家族に対する好きとおんなじなんでしょ……?」
「アディはそうなの?」
窺うように覗きこまれるとかっと顔が熱くなった。「そんなわけないじゃない!」と食って掛かれば、くすくすと穏やかな微苦笑が返ってくる。
大きく息を吐き出した。見上げれば夜明け色の双眸には酷い身なりをした自分が映っている。それでも勇気を出すのは今しかなかった。
「わたしも好き。ウィルトールとずっと一緒にいたい。わたし、これからもウィルトールの隣にいていいの……?」
──告白はもっとロマンチックなものだと思っていた。こんなぼさぼさの頭で、ぼろぼろの格好ですることになるなんて予想もしていなかった。
縋るように見つめているとウィルトールは思案げな目を寄越した。首を傾けた拍子に蜂蜜色の髪がさらりと肩口を滑る。
「隣じゃ物足りないな。俺はもっと近くがいい」
あとは一瞬だった。アデレードは優しい温もりに包まれていた。うんと頷いて、アデレードも両腕を彼の背に回した。
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