番外編 赤の糸は見えずとも

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番外編 赤の糸は見えずとも

「そりゃあね、確かに最初の契約では取材のための疑似夫婦って設定だったけど、まさか本当に嫁になるとは思わなくない? 姉さんびっくりよ。みなみ先生が売れっ子作家じゃなかったら今頃八つ裂きよね。いいけど、二人とも幸せそうだし! はー飲も飲も。遥斗、ハッピーバースデー!」  ワイングラスを片手に赤ら顔で捲し立てる菜摘に、テーブルの反対側に着く遥斗も、その隣に座る暁ですら一言も返せない。菜摘の横で、東治(とうじ)だけがおっとりとした調子で 「菜摘ちゃん。そろそろ水にしとこう」  と窘める。遥斗と暁が交際し始めた直後に菜摘と入籍した東冶は、菜摘より二つ年下の物腰柔らかな男だ。  本日四月九日は、遥斗の二十五回目の誕生日だった。今年は四人で食事をすることになり、菜摘がレストランの予約を取ってくれた。暁と恋人として付き合っている、と姉夫婦に打ち明けたのは一年ほど前のことだ。菜摘は驚きはしたものの、穏やかに祝福してくれた。  そんな強く優しい遥斗の姉は、酒癖だけは今一つよろしくない。「ハッピーバースデー」などと乾杯の音頭みたいな発言をしたが、飲み始めてすでに二時間が経過している。どうやらここらが限界だったようだ。  菜摘は艶のあるボブヘアを揺らし、目の据わった状態で暁に人差し指を突き立てる。 「とにかくね、遥斗はわたしにとって目の中に入れても痛くないほど可愛い弟なんです。泣かせるような真似をしたら、みなみ先生と言えど今度こそ八つ裂きにするわよ」  明らかに酔いの回った菜摘に、それでも暁は真摯に頷いた。 「分かってる。必ず幸せにする」  もう二年半も一緒にいて、随分見慣れたはずの横顔が今日は一段と男前に映る。別に結婚の報告に来たわけじゃなく、ただの誕生日祝いなのに、暁が誤解を招きそうな言い回しをするのが良くない。今さらだと思いつつ胸が高鳴り、暁がこちらに顔を向けた瞬間、遥斗は照れくささから目を逸らしてしまった。
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