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第三章 離別
あの時、二十四歳だった美雨も、僕が距離を置きたいと話した時には、二十九歳になっていました。
僕はもう、今年で三十六歳になりました。月日の流れは、本当に早いですね。
あの頃の僕は、勿論、美雨との未来を想像していました。結婚して、子供が産まれて、絵に描いたような幸せな家庭を築くーーという想像です。
ただそれは、想像に過ぎなかったのです。何故、想像を実行に移せなかったのかーー理由はただ一つでした。
別れを告げたあの日、美雨に直接話したけれど、僕には経済力が全く無かったからです。
お金が無くても愛があればーーなんて、本当に綺麗事だと思っています。
一緒に公園で話している時、子供の姿が自然と目についたから、二人の子供に関して漠然に考えていました。
でもーーどう考えても、僕には養えるだけの余裕が金銭的にも精神的にもありませんでした。
産まれてきた子供の可能性をお金が理由で潰してしまう、ということを僕は絶対にしたくなかったのです。
一丁前に想像する事は出来ても、現実を見てみると、僕は結婚を考える資格、子供を作る資格などない、未熟で頼りない人に過ぎなかったのです。
しかし、時は待ってくれないーー美雨も三十歳に近付きました。僕は正直、毎日罪悪感に悩まされていました。
美雨がこのまま、自分と一緒にいることで、幸せな人生を掴む機会を逃しているのではないだろうかーー。
僕よりも美雨を幸せに出来る人が他にいるのではないだろうかーーその様な言葉が、永遠と僕の脳内で繰り返し聞こえてくるのです。
逸早く、新人賞を獲ってデビューしたい気持ちの焦り。
自信作が落選していく失望。美雨の将来に、そんな自分が隣にいて良いのかという葛藤。
一緒に過ごして五年目の六月七日ーー二人が出会ったあのバス停で、距離を置こうと言った理由は、僕が弱く脆い人間で、まだ一人の男性として未熟だったからであって、決して美雨に非がある訳ではありません。
泣かせてしまって、ごめんなさい。
長い時間、我慢させてしまっていて、ごめんなさい。
僕の自分勝手に付き合わせて、美雨を傷付けてしまっているのにーー。
それでも一緒に過ごしたこの五年間、美雨にとって少しでも良いものだったと感じて欲しいーーなんて都合の良い事を考えては、窓の外で降り続けている、止まない雨を眺めています。
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