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第四章 六月七日
六月七日、僕は美雨と出会ったバス停で、丁度一ヶ月前に書いた手紙の事を思い出していた。
結局、最後まで手紙を書く事は出来なかった。
本当は末文に、あの頃から変化した自分の姿、念願だった新人賞を受賞した事ーー。
そして、もし僕に対して少しでも気持ちが残っているなら、今日この日、再びバス停で会いたい、という文章を書く予定だった。
でも、途中で気が付いた。あれ程美雨を傷付けた自分に、そんな事が言える資格はない。
「お金の問題が無ければ、私達はこのまま一緒に過ごせるの?」
という美雨の問いに対して、即答出来なかった僕は結局、金が無いという理由の中に、自分の自信の無さも隠していた。
あの頃に比べれば、金銭面で精神的に余裕は生まれたが、その事を今、美雨に伝えた所で、何の意味も持たない。あの頃で無ければ、もう何の効力もない言葉だ。
それなのにーー何故、ここへ足が向いてしまうのだろうか。
答えは単純明解ーー美雨に会いたいからだ。
後悔してからでは、何事も遅いのだ、と気付いた時には、さらに距離は遠くなっている。
僕は、あの時から、時間の経過を感じさせないベンチに座り、瞳を閉じて雨音を聞く。
美雨と会う日はいつも、雨音が聞こえていた。
回数を重ねる毎に、強くなる雨音が聞こえていた。
そして今も、鳴り止まない雨音が聞こえている。
何故、この雨音が止まないのか、理由は自分でもよく分かっている。自分がこの雨音を創り出しているという事もーー。
ふと空を見上げると、晴天が広がっているのにも関わらず、大粒の雨が降り出した。
「天気雨かーー」
今日は、夜中から雨予報と聞いていたが、この時間に降るとは予期していなかったから、傘は持っていない。
突然ーーあの時の情景が蘇り、バス停の外へ飛び出し、辺りを見渡した。雨の中を舞い踊り、全身で雨を受け止めているあの姿を求めてーー。
しかし、そこに美雨の姿は無かった。
「ーーいる訳が、ないよな」
バス停の中へ戻り、勢いよく首を左右へ降り、滴を弾き飛ばした。激しくなる雨音を聞いていると、あの時美雨が言っていた言葉が、鮮明に蘇ってくる。
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