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『―――――― 見つけた』  柔らかく降ってきたその声に、凪子と大陰は同時に空を見上げる。  千禍が凭れている老いた巨木。その遥か頭上にある枝の、まだ堅かったはずの蕾が、一斉に花を咲かせた。  吹き抜けた風に、ひらりと舞い落ちる薄紅の花弁。  大きく目を見開いてその様を見ていた大陰は、半ば呆然とした声で呟いた。 「これ……桜……?」  ひらひらと、頼りなく降り落ちる丸い花弁を、そっと掌で受け止める。 『やっと、見つけた』  再び聴こえた声は酷く近く、弾かれるように目を向けた大陰と凪子の前で、その主はうっすらと透けた姿を現した。  桜の木に凭れた千禍の側に、寄り添う一人の女性。  大陰は思い出したように、すっ、と息を吸い込んでから、そろりと彼女の名を呼んだ。 「……雛子、さん……」  そんな声など聴こえていないかのように、雛子は鬼の頬に触れようと手を伸ばし、叶わずに悲しそうに顔を歪める。  凪子は彼女をじっと見つめて、はっきりと呼んだ。 「雛子さん。あなた……?」  その死の間際に、姿を留め置くことに全霊を注ぐほど願ったことは、一体何だったのか。  彼女はゆっくりと凪子に目を向けた。     
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