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感情の載らないその声の通り、人形に目を落とすその顔にも表情らしいものは浮かんでいない。
興味を失ったように人形を元の場所に置き、踵を返した。
入った濡れ縁から庭に出て、玄関に回り表札を確かめる。
古びて薄くなった毛筆の文字は、『菊池』とあった。
じゃり、と足元の土が音を立てる。
高い位置にある明り取りの窓から、昼間の陽光が降り注いでいてなお室内は薄暗い。
美羽は、部屋の中央に立ち、ぐるりと周囲を見回した。
鬼――――― 千禍が封じられていた、三沢家の土蔵。
確かに、そこに鬼の気配は欠片も感じられない。
十二天将の一人である美羽にさえ感じられないのだから、陰陽寮のエリート術師が感づかないのも無理はない。
「―――――― さすがにあの時は少しだけ感じたんだけどな」
相対したあのとき。
目の前に立った千禍からは、薄らとではあるが異形の気配を感じ取れた。
美羽はふと思い出して自分の掌を見る。
咄嗟に掴んだ、千禍の腕。
「……でも、人の気配も感じたんだよね。……元々は弟子だったって言うの、ほんとかも」
そして、恐らく、あの腕には、傷がある。
微かにではあるが、凪子の気を感じたからだ。
「多分、護符かな」
独り言ちて、美羽は再び目を上げて、格子で囲まれた場を見つめる。
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