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あちこちに見える焦げ跡は、封印の札が貼られていたのだろう。開け放されたままの格子戸を潜り、中に足を踏み入れた。
思いのほか、そこには温かな想いが漂っている。
美羽は意外な気持ちで、格子の内部を見回した。
ここに千禍がいたとするなら、彼は、酷く穏やかな気持ちでここにいたのではないだろうか。
目を閉じて、この場に残っている思念を辿る。
格子の向こうに、入れ替わり立ち替わり人が立った。
二百年の間に彼を使役した、三沢家の当主たちだろう。
その中で、柔らかな笑みを浮かべる綺麗な女性が頻繁に現れた。
何事か話しかけているらしく、その表情はくるくると変わる。
「このひとが、三沢雛子さん…?」
目を閉じたまま呟いた。
その間も、彼女は楽しそうな笑みで何かを話していたが、神妙な顔で何事かを告げた後、驚愕したような顔になり、それからどこか照れたような、はにかむような笑みになった。
見ているこちらまでも、釣られて微笑んでしまうようなくすぐったい笑み。
そして。
最後に。
憎しみに満ちた老人の顔が現れて消えた。
美羽はゆっくりと目を開ける。
やっぱり、と美羽は思った。雛子は、彼が好きだったのだ。
そして、恐らくは彼も。
ここに満ちた穏やかな気配が、雄弁に物語っている。
この穏やかさは、愛しさだ。
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