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一
ざわり、と木々が鳴いた。
中空に浮かぶ月は、薄く滲んでいて、雫でも零しそうだった。それでも、辺りを柔く照らしていて、十分とは言えないまでも、歩く分には不自由ない程度に明るい。
ゆっくりとアスファルトの上を進む足取りは、多少ふらふらと蛇行している。酔っているわけではない。ただ、ほぼ真上にある月を見上げながら歩いているからだ。
ソールの厚いスニーカーは、足音が立たない。
長い黒髪が、吹き抜ける風にさらりと翻った。
ふと、気づいたように足を止めて、月から目を外す。
正面に目を向けると、そこには一人の女が佇んでいた。
――――――― 幸薄そうな顔。
ちらりと脳裏で思いながら、にっこりと笑みを浮かべて口を開いた。
「…こんばんは。菊池雪絵さんですか?」
「はい…」
少し強張った顔で頷いた女に、更に笑みを深めて名乗る。
「お待たせして申し訳ありません。近江超常現象調査事務所の近江凪子です」
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