2人が本棚に入れています
本棚に追加
序章
「お願い……死なないで……!」
懇願にも聞こえる悲鳴でカエティスは目を開けた。
目を開けると、涙を流す女性が自分の顔を覗き込むように見下ろしていた。
「お願いだから……」
尚も懇願するように女性はカエティスの手を握る。違和感を感じた。
いつもなら穏やかな笑顔、澄んだ声の女性なのに、今は涙を流し、声を震わせて悲しげに自分を見つめている。
「……綺麗な顔なんだから、泣くなよ……」
思わず、声にしてしまった。もっと別のことを言おうと思っていたのに。
カエティスの言葉に女性は白に近い水色の目を見開いた。
流れていた涙が少しだけ止まる。
「カエティス!」
「……そうそう。泣かない方が良いよ……」
微かに笑い、カエティスは女性を見た。声が掠れてしまい、あまり格好良くないなと思いながら。
「……ごめんなさい、私のせいで……」
彼女のその一言でカエティスは自分の死が近付いていることが分かった。
死が近いと悟った途端、ほとんど記憶の底にまで沈めた思い出が溢れた。
色々と思い出しながら、カエティスは口元に静かに笑みを浮かべる。
「――謝るなって。俺の意志でこんなになってるんだし。君のせいじゃないよ」
微笑もうとしたが、失敗してしまった。辛うじて動く右手でうっかり胸を触ってしまい、カエティスは顔をしかめた。
胸にはぽっかりと穴が開いていて、ぬるぬるとした温かいものが右手に付く。
「でも……!」
「はい。この話はおしまい。最期に、君の膝の上で空へ行けるのは嬉しいね」
女性に気を遣わせないように、努めてあっさりとした声でカエティスは言った。
「そんな状態で、そんなことを言わないでよ……」
女性は顔を赤く染めながら、大粒の涙を溜めた。
「はは。こんな状態だから、明るくしたいんだよ……」
何とか微笑し、カエティスは女性を見上げた。
ゆっくりと右手を動かして、女性の肩から落ちた白に近い緑色の長い髪を一房、手の甲で触れる。
霞んでいて見えない目で、彼女の顔と、今は自分達しかいない荒野を交互に見る。
荒野の向こうに、街の象徴の聖堂が小さく見える。
生まれ育った街と、彼女の顔を忘れないように何度も、何度も交互に見る。
しっかりと脳裏に焼きつけ、カエティスはもう一度、女性に目を戻した。
最初のコメントを投稿しよう!