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夜桜伝説
7月27日。町の至る所から蝉がミンミンと鳴く声が聞こえてくる。まだ午前中だと言うのに夏の太陽という悪魔から放たれる日光のせいで町は茹だる様な暑さだ。
「あら、おはよう。これからお出掛け?」
その暑さを物ともせず、涼しげな表情で家の前の道路に散らばったゴミを箒で掃除している、隣の家に住む女性が笑顔で挨拶をしてきた。
近所でも評判の誰からも好かれる気さくな女性だ。旦那様もとても良い方で小さい頃はよく面倒を見てもらっていたらしい。
休日には二人で仲睦まじく買い物をしている姿を近所の店でよく見かける。
「…」
4月に高校3年生となった華咲直智はそんな笑顔の挨拶に対し、軽く頭を下げるだけで何の返事もせずに通り過ぎる。
通っている学校の教師達からの評価は良く素行が悪い訳では決して無いのだが、友達を作らず1人でいる事を好み、大人達に対しては思春期独特の反抗的な態度を取りながらここ数年を過ごして来た。
面倒くせぇな、いちいち挨拶なんてしてくるんじゃねーよ。
直智は自分自身に笑顔で挨拶をしてくれた隣人に対し心の中で悪態をつく。4年程前から始まった反抗期と言う難しい年頃のせいで両親から何回も注意を受け叱られて来た。
それでも直智はその態度を改める事は無く自我を貫き通して来たのであった。
ゴンッ!
無防備な直智の頭頂部に突如襲いかかって来た耐える事の出来ない程の鈍い衝撃。
「おおおおぉおぉぉぉぉ……」
骨の髄まで響く痛みの出発地点となる頭頂部を両手で抑え込みその場にしゃがみ込んだ。
迫る激痛を両手で抑え込みながら直智は涙目で振り返る。直智のすぐ背後にいたのは鬼の様な顔を直智に向け仁王立ちで佇む
母親だった。
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