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「うんうん、白地に青とピンクの花柄か。あっ、女の子の顔が描いてる。可愛い」
嬉しそうに俺から貰った飴を見つめて、声を弾ませる。
あまりに浮世離れした言動をしてて包みごと食べるんじゃないかと思ったが、ちゃんと包みを広げて飴を取り出す。
摘まんだ乳白色の小さな球体に目を輝かせて、口に放り込む。
「これが異世界の味……!」
頬を抑えて「優しい甘さだねー」と微笑んでいる。
「飛び出した甲斐あったよ。ありがとう――あっ」
俺の顔を見て、何かを思い出したようだ。多分、俺は呆れた顔をしてたんだと思う。
「そうだ。魔法」
そう言って、俺を指差した。
すると、フェンスが歪み、人一人が余裕で通れる空間が出来る。――指差したのは俺じゃなくてフェンスだった。
「また登るの大変でしょ」
彼女は妙に誇らしげにそう言う。俺は渋い顔をしてフェンスの穴を通った。
すぐにフェンスは元に戻る。確かに彼女は超常的な力を持っている。
「俺は元木。お前の名前は?」
「名前?」
彼女は首を傾げて「名前が必要な世界なんだね」と呟く。
「名前、ないのか?」
「故郷の世界だと名前は人間の特別な存在にしか許されてなくて」
彼女は拗ねた顔をする。
この浮世離れした話も本当なのだろう。最低限、彼女にとっては。
「じゃあ、どうやって生活してたんだ? 誰かを呼んだりするときとか」
「名前はないけど、数字で区別は出来るよ」
「数字?」
「うん。私は蜥蜴の尻尾組7746番って呼ばれてた」
こうして、俺は魔法使いと出会った。彼女の存在が何かわからないまま、屋上で一緒に過ごしている。
彼女はこの世界について何も知らない。マナーやルールは勿論わかっていないし、日常的な固有名詞にきょとんとした顔をするときもある。
これで、どうして日本語での会話が成立するのか不思議になるが、それは魔法の力が働いているらしい。
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