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俺はずっと彼女に文字を教えていた。思っていたより彼女は頭が良いようで、この二週間で簡単な手紙を書いたり児童書を読めたりできる程度の言語能力を身に付けた。
「主人公がこうやってね、傘を広げて」
彼女が傘を持つ仕草をしながら、嬉しそうに喋っている。それは俺が買い与えた児童書の内容だ。
今の彼女は左手に架空の傘を、右手には俺が買ってきた食べかけのクッキーを持っている。食べるのと喋るのどちらかにすればいいのに、と少し思うが、彼女がとても楽しそうなので止めない。
「風に乗って空を飛ぶの! そういう飛び方もあったんだって驚いちゃった」
彼女は架空の傘をくるっと回す。見えないのにぼんやりと見えてきた傘に俺は目を丸くした。
「楽しそう。私もやってみたいなって――えっ?」
いつの間にか、彼女が紫色の広げた状態の傘を持っている。彼女も予期してなかったことのようで、目を丸くする。
「ど、どうなってるの?」
「――魔法じゃないのか?」
「えぇっ、飴食べてないのに……」
俺は少し考える。彼女は今、クッキーを食べていた。
「もしかすると、魔法って糖分が影響してるんじゃないのか?」
「トウブン?」
「えっと、砂糖――甘い味の素みたいな奴だ。多分」
「よくわからないけど、トウブン――覚えとくよ」
彼女は呪文のように「トウブン、トウブン」と唱えている。糖分の説明が合っているかどうか自信はないが、別に覚えていても損はないだろう。
でも、一応確かめに行こうか。
この世界は彼女が知らないことが沢山ある。俺だって彼女より……ってだけで、知らないことの方が多い。
「なあ、図書室でも行ってみるか?」
「トショシツ?」
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