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病室に戻る道すがら、母親は「梓沙ちゃん、病院は走ってはいけないのよ」と注意をし、それから「もしかして借り物競争でもしているのかしら」と余計なことまで口にします。
もとより不思議な発想の持ち主である母親のこと。
下手に訂正をするより目を覚ました秋良を見てもらったほうが早いと、未だ「お母さんね、コーラが欲しかったな」と話を振ってくる彼女を無視して、梓沙は秋良の許へ急ぐのでした。
そんな母親の手にはシュークリームが三つとソーダのペットボトルが。当然ながらレジを通してはいません。母娘のあとを追って店員も借り物競争に加わることになりました。
「──秋良」
病室へ戻るなり梓沙たちが目にしたのは、焦点を失った空虚なまなざしを窓外に向ける秋良でした。声をかけても反応を示すことなく、まるで魂のない人形のようです。
秋良と呼べば愛らしい声で「なあに、梓沙姉ちゃん」と答えてくれないと許せない。梓沙は何度も弟の名を呼びながら、彼の肩を掴み揺らして応答を待ちました。
けれどいくら呼びかけても返事はありません。ベッドに座る秋良は確かにそこへ存在しているはずなのに、夢か幻か陽炎のように突然すがたを消すのではないか──梓沙は怖くなりました。
程なくしてナースコールで駆けつけた看護師に専属医を呼んでもらい、抜け殻となった秋良の診察が始まったのです。そして医師が下した診断結果に、梓沙と母親は頭が真っ白になりました。
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