光と闇の方程式

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 医師の説明を要約すると──  秋良に身体的な問題はないこと。むしろ健康優良児であること。  それは日頃より規則正しい生活と栄養バランスのよい食事でつくられた細胞、姉仕込みによる格闘で鍛えられた健やかな体躯によるもの。  幾度となくおこなった検査の結果から頭部の損傷は確認されず、知能も高く今すぐにでもテストが受けられるほどに脳は覚醒しているというのです。  ですが心的外傷──命を脅かされるほど精神に強い衝撃を与えられると、心が崩壊し自我を失ってしまうのです。もちろん時間をかけケアすることは可能ですが、一度閉ざされた心をふたたび開くのは容易ではありません。  自我が戻ればつぎに秋良を襲うのは心を閉ざす直前に見た光景。  心的外傷後ストレス状態──いわゆるフラッシュバックというもので、尋常ではない恐怖に襲われパニックを起こすのです。  加害者にとってそれは避けられない宿命ともいうべき状態で、まだ七歳の秋良には苛酷な運命ともいえるでしょう。  ”心を取り戻した瞬間それが壊れてしまうかもしれない”  今の秋良は心を構築している最中で、幾重にも武装した心の殻を一枚づつ破いているのです。その結果として秋良に待っているのは心に受けた残酷な傷と向き合うこと。  家族にとっては耳を塞ぎたくなるほど辛い現実でしょうが、淡々と語らなくてはいけない医師にとってもっとも最悪なパターンを提示しなければならないのです。  少しの刺激でさえヒビが入ってしまう雲母石のように、脆く壊れやすい秋良のメンタルを支えなくてならない。盤石な精神に甦らせることができるのは家族の愛以外にはないと医師は話を締めくくりました。
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