おおみそか

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「秀馬さん」 「ん?」 「あの年賀状、読んだ?」 「ん? 叔母さんのか?」 「最後に書いてあったね。機会があれば遊びに来てくださいって」 「ああ、機会があったらな」 視線を感じて、顔をあげると眉毛をハの字にして何か言いたそうな顔をしている一子がじぃっと秀馬を見ていた。 「お正月休みいつまでだっけ?」 「明日まで」 「……ふーん」 ちっとも雑煮を食べない一子。 口の中に入った餅を飲み込んだ後、秀馬は箸を置いた。 「……わかったよ。叔母さんところへ行けってことか?」 満面の笑みを見せて一子が頷く。 「行けばいいんだろ? だけどな、こんなの社交辞令だぞ。挨拶みたいなもんだから……」 じとっとした目をする一子。 「……わかった、わかった。行けばいいんだろ? 行くよ」 確かに社交辞令だろうが、叔母さんは年賀状やバースデーカードの最後に必ず「遊びに来てね」と書いてくれていた。 社交辞令だし会おうなんて気は、今迄一度も起きなかった。叔母は、嫌いじゃない。むしろ、好きだった。 だけど、母に似ている叔母を見たら、きっと嫌な思い出が浮かんでくる。そうに違いない。あんな思いは、二度としたくない。 ーーーきっと、俺は一子と出会わなければ、死ぬまで叔母さんに会いに行こうとは……たぶん、思わなかった。 だけど一子と出会い、自分がどうなってもいいほど、大事で守りたい存在がこの世にあることを知れた。 その人が言うことなら、聞いてもいいような気がした。 だから、手紙だけの交流になっていた叔母に今年に限って会いに行こうって気になっていた。
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