魔法

6/9
前へ
/348ページ
次へ
「担当させて頂きます。ディレクターの真田秀馬と申します。よろしかったら名刺をどうぞ」 担当する客には必ず名刺を渡す。次回もまた指名してもらうためだ。 ーーー無論、このざんぎりが俺を指名することは……。 ざんぎり女を眺めながらスツールに座って女の斜め後ろに来た。 「今日は、どうなさいます?」 ーーーこの女が今後、俺を指名することは、確実にないだろう。 あくびを噛み殺した女は、鏡越しに秀馬を見た。そして、困ったように眉毛をハの字に下げる。 「あの、あなたは、カリスマだって昨日、もう一人の方が言ってました」 「えぇ、まあ世間的には、そう言うことになってます。それが?」 「あの、困ります!」 勢いよく女は椅子から立ち上がった。 店の中にいた人達の視線が、一斉にざんぎり女と秀馬に向けられた。 周りに頭を軽く下げる秀馬。声のトーンを下げて聞いてみる。 「あの、何が困るんですか?」 「カリスマさんにカットしてもらうほど……お金は、ありません!」 姿勢を正して、言い切るざんぎり女。 「それでしたら、大丈夫です。ご心配には及びません。クーポンはご利用出来ますから」 笑顔を見せると、立ったまま腰を曲げ秀馬に耳打ちする女。 「……1000円でいいの?」 「はい」 「ほんとに! 良かったぁ」 女は、ほっとしたように胸をなで下ろした。 安心して腰を下ろす女を見て、秀馬は苦笑いせずにはいられなかった。
/348ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1666人が本棚に入れています
本棚に追加