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「担当させて頂きます。ディレクターの真田秀馬と申します。よろしかったら名刺をどうぞ」
担当する客には必ず名刺を渡す。次回もまた指名してもらうためだ。
ーーー無論、このざんぎりが俺を指名することは……。
ざんぎり女を眺めながらスツールに座って女の斜め後ろに来た。
「今日は、どうなさいます?」
ーーーこの女が今後、俺を指名することは、確実にないだろう。
あくびを噛み殺した女は、鏡越しに秀馬を見た。そして、困ったように眉毛をハの字に下げる。
「あの、あなたは、カリスマだって昨日、もう一人の方が言ってました」
「えぇ、まあ世間的には、そう言うことになってます。それが?」
「あの、困ります!」
勢いよく女は椅子から立ち上がった。
店の中にいた人達の視線が、一斉にざんぎり女と秀馬に向けられた。
周りに頭を軽く下げる秀馬。声のトーンを下げて聞いてみる。
「あの、何が困るんですか?」
「カリスマさんにカットしてもらうほど……お金は、ありません!」
姿勢を正して、言い切るざんぎり女。
「それでしたら、大丈夫です。ご心配には及びません。クーポンはご利用出来ますから」
笑顔を見せると、立ったまま腰を曲げ秀馬に耳打ちする女。
「……1000円でいいの?」
「はい」
「ほんとに! 良かったぁ」
女は、ほっとしたように胸をなで下ろした。
安心して腰を下ろす女を見て、秀馬は苦笑いせずにはいられなかった。
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