黄泉の淵

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──此処に来て幾星霜。  今日も自ら望んで来る者やそうでない者がやって来る。  私は此処で待ち構えているだけでいい。何故なら私がわざわざ手を下さなくとも人は勝手に死んでくれる。人の手によって。  昔は此処から色んな魔を放って一人でも多くの人を此処に連れて来させた。今は何もしなくとも、人が自ら此処にやって来るのだ。楽であり、暇である。  しかし、アレは何をしているのだろうか。私の前で私が殺すより多くの人を産ませると豪語した割に、近頃は産まれる人の数なぞとんとんではないか。アレの言なぞ、所詮、あの時と同じように最初だけということか。  私が最後の子、火之神を産み、死に、そして此処、黄泉に来て暫くした後だ。アレが私を黄泉の国から連れ帰る為に来た時には、私は既に黄泉の国の穀物を食べていた。もう、アレが迎えに来ないからと思ったからだ。  アレが来た時には、私は黄泉の国の住人だ。  それを、さあ、帰ろうなどと容易く言ったものだ。 アレにとっては容易いことだと思ったのだろうが、黄泉の国の住人となった私には容易いことではない。  まず、此の国を管理する者に許可を得なければいけない。次に私は此の国の姿になってしまっているから、戻るにはこの姿をどうにかしなければならない。  私の身支度の時間に痺れを切らしたアレはどうだ。此の国での姿を見られたくないから、見るなと約束をしてまで言ったのに、約束を破って見たではないか。約束を破って更にアレは逃げたではないか。  私は怒った。なんて身勝手な神(ヤツ)であろうと。  そして、追いかけた。勿論、アレを殺すためだ。黄泉津醜女や私の身体の中の魔を放ったが、アレはどうも運がよろしく、どれも逃れた。私が追いついた時にはアレは黄泉の戸を岩で塞いだ後だった。  だから私はアレに言った。  私とアレで作った人を殺すと。そしたらどうだ、アレは私が殺した数より多く産屋を作り、多く人を産ませると言ったではないか。  アレが私に宣言してから幾星霜。今では死ぬ人が多く、産まれる人はそれより少ない。  アレがこの状況をどう思っているのか聞きたくもあるが、私は聞く前に迷わずアレは殺そうとするだろう。 ──私の兄で夫であったイザナギを。
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