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それに気づいたのは小学四年生のころだ。あの子の穏やかな立ち振る舞いや格好のためか、気づくのにそんなにも時間がかかってしまったのである。……そして、僕はそれを知って、どういうわけか、あの子により惹かれるようになった。でも、それを知ってからしばらくして、僕は親の都合で名古屋に引っ越すことになったというわけだった。
僕は今でも、あの子のことが忘れられないでいる。少なくとも僕の記憶の中でのあの子は、飄々とした自由な存在で、そういう生き方に、僕はずっと憧れている。
でもそう上手くはいかないのが現実だった。
僕の意識はまだぼんやりとしていた。でもせめて、今が何時で、何時間目の最中なのか、あるいは休み時間なのかは知らねばならない。僕はベッドを覆うカーテンを手でどけて、保健室の先生にそのことを聞こうと思いたった。ゆっくりと体を起こす。
そんな時、こんな話し声が聞こえた。
「……じゃあ、早退ね」
「はい」
「家にご両親、いる?」
「います」
僕以外の保健室利用者が、早退の届け出をしているようだった。僕はそっと、カーテンをのけて覗き見た。
「担任の先生には連絡しとくから、お大事にね」
女性の先生。初めて見るな……話しているのは男子生徒だ。ちょうど角度的に、後ろ姿しか見えない位置に立っている。
「あと、その髪、検査までには切ってね」
僕は先生のその声を聞いて、男子生徒の頭に注目した。本当だ。これは明らかに校則違反、という長さだった。
「はい、それじゃあ」
男子生徒は、ドアの方に振り向いた。僕は思わず、声を漏らした。
「あっ」
その声を聞いて、先生も、男子生徒も、僕の方を見た。先生は、僕にこう聞いた。
「あ、もう大丈夫? 授業、出れそう?」
「あ……あの、今何時でしょうか」
「十二時……五十五分。五時間目には間に合うけど……」
僕は、「出ます、ええ、出ます」と言いながらも、男子生徒の顔に釘付けになっていた。そんな僕に、彼は言った。
「どこかで会った?」
僕は頷いた。ああ、もちろん、と、心の中で言いながら、ただ頷いた。忘れもしない、色白な肌……記憶より少しばかり日に焼けたようにも見えるが、やっぱり彼は……。彼は、「ふふ」と、その手をそっと自分の口元にあてて微笑むと、穏やかな声で言った。
「じゃあね」
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