四段目:【救済者】―グザイシャ―

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【10】遵える。―シタガエル―  不動明王の慈救咒(じくじゅ)を、三度唱え終わった時だった。  プツリ。 『音』にならない『音』がして、脆くなった真織の魂魄が、呆気無く二つに分かれた。思いの外すんなりと剥離が成功して…ボクは、安堵の溜め息を吐く。  そのまま静かに体内から引き抜こうとした──(まさ)に、その時だった。 「う…くっ!」  突然、真織がビクンと身を強張らせた。 合掌印が解け、ボクの左手を強く握り返してくる。 「痛いの、真織!?」 「…いえ…大丈夫です。続けて…下さい。」  真織の顔が苦痛に歪んだ。 魂魄を引き抜かれる際、肉体に強い疼痛が起きる事は、予期された現象だった。  だけど──。 「構いません…どうかお気になさらず」 「でも」 「続けて下さい。耐えて見せます…」  そう云って弱々しく微笑む真織の額には、玉の様な汗が滲んでいた。 一体、どれ程の痛みに耐えているのか。 想定内の事態とは言え、ボクは躊躇(ため)らわずにいられなかった。  やはり厳しい…。 禁忌の術の怖さを、改めて実感する。 この秘法が、百年以上も行われなかった理由が、今なら解る気がした。  修練では、魂に触れるところまでしか、シミュレーション出来ていない。ここから先の行法は、全てイメージトレーニングのみで擦り合わせしたものだ。  予期せぬアクシデントも起こるだろう。 その苦境に…果たして、真織の精神は耐えられるだろうか?  ボクの決意は揺らぎ始めていた。 これしかないと心を決めた筈なのに、苦しんでいる彼の姿を目の当たりにすると、これ以上進めて良いのか二の足を踏んでしまう。 未知の領域を前に、ボクは迷い悩んだ。 「続けろ、薙。」  力強い声に、ふと顔を上げる。 すると、一慶と祐介が真織の体を両側から支えて、真っ直ぐにボクを見ていた。 「一慶…」 「ここで辞めてどうする?痛みは、引き抜く一瞬だけだ。思い切ってやっちまえ!」  それは…そうだけど。
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