五段目:【継承者】―ケイショウシャ―

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五段目:【継承者】―ケイショウシャ―

【1】伏せる。―フセル―  玲一の体から抜き取られた《狐霊》は、無惨に食い千切られ、首から下が無くなっていた。 狐霊と同化した千里の魂…。 《狐》でありながら、『人間の味』がするそれを、羅刹は思う様喰い尽くしてしまった。僅かに残った狐の頭部を、傍らのテンがペロリと飲み込む。  羅刹は、ゆっくり目覚めようとしていた。 ウゥ、シュウ── ウゥゥ、シュウ── (いびき)とも、呻き声ともつかぬ不気味な声。 閉じた瞼がピクピクと痙攣している。  食人鬼、羅刹(らせつ)(おぞ)ましいその姿を、何と形容したら良いのだろう? 小豆(あずき)色の肌。 麻の様に乱れた髪。 隆々と盛り上がる筋肉の鎧を纏った、岩山の様な体。表情の無い顔には、三つの眼が付いている。  『鬼』と呼ばれるものの実際を──ボクは、この時初めて目の当たりにした。 予想外に体が小さい。 だけど、決して(あなど)ってはならない。 彼等は、自らの意志で自在にスケールを変える事が出来るのだ。今は、ほんの仔猫程の大きさだが、それは彼等の真の姿ではない。  何より。 羅刹は、人肉を喰らう鬼だ。 危険な存在である事には変わりない。 「幸い、羅刹はまだ半覚醒状態だ。今の内に仕留めよう。」  霊視を終えた庸一郎の言葉に、一同は速やかに行動を開始した。降伏(ごうぶく)()けた五人の行者が、東西南北に分かれて立つ。 各方角を守護する《五大明王》の力を借りて、魔障(ましょう)を屈服させるのだ。 北に金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)。 東に降三世明王(ごうさんぜみょうおう)。 西に大威徳明王(だいいとくみょうおう)。 南に軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)…そして、中央に不動明王(ふどうみょうおう)。 《五大尊(ごたいそん)》とも呼ばれる憤怒(ふんぬ)の仏を招き入れる為、一斉に合掌印(がっしょういん)を結び、観音経を唱える。そうして、徐々に全員の呼吸と力を併せてゆくのだ。  一方。 紫、篝、庸一郎の三人は、それを取り囲む様に立ち、鬼を討ち漏らさない様、援護の態勢を取る。 攻守を兼ね備えた完璧な陣形だ。 一座きっての行者達が、その祈りを結集する。  ボクはそれを、一番後方で見守っていた。
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