遺体語り

2/6
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 身の凍るような寒さで、私は目が醒めた。  目を醒ました場所は、低温安置室だった。  死因の究明をするためにここに遺体が運ばれて来るのだが、長期間の保管を要するので室内は低温を維持するべく常に冷却されている。 解剖台には布団がかけられた一体の遺体が横たわっていて、頭の位置には剪刀(せんとう)(手術や解剖用の鋏)やピンセットに鉗子が入った金属のガーグルベースが用意されている。 状況から察するに、私に司法解剖せよと国から命令が下ったのだろう。と言うことはこの遺体は何らかの殺人事件に巻き込まれたようだ。 ともあれ、ここに遺体が運ばれていると言うことは、遺族の了解は既に得たのだろう。 先ずは遺体の男の身長を計り、169・5センチメートルと書類に記載する。 次に肛門に体温計を挿し、直腸温を計る。ここの安置室とほぼ同じ体温だった。死後硬直は解けて筋肉は弛緩しており、死斑も幾つか散見される。瞳孔の混濁も見られる。 と言うことは、この遺体は死亡から24時間以上経過したものと言える。 然しながら、おとこの遺体には外傷や腫脹、それからさっ痕などが身受けられない。死因は体内になると言うことだろう。 外表検査を終えてみたものの、この遺体は低温安置室に保管されて、死因の究明には時間がかかるような最期を迎えたとも考えられる。  私はもう一度、遺体の外表を観察し特徴的な変化がないことを確かめると、ガーグルベースからメスを取り出して刃先を遺体の首に当てた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!