1人が本棚に入れています
本棚に追加
11月3日
荒涼な土地をを霜が覆い、かわいた空気が肌に突き刺さる。
制服のポケットに入れた左手はそのままに、私は重い扉を開けた。
中から逃げ出してきたぬるい空気は、私に少し不安を与えたあと、冬に取り込まれていく。
ここの扉を開けるのは苦手だ…
この町には2つの図書館がある。
私がいる幡多木生涯学習センターは、昨年建てられた私立図書館に比べ、蔵書数も設備の面でも相当劣っている。
そのため、館内をうろつく者は私と彼を除いていないだろう。
黒ずんだ廊下の先。
学習室のプレートが下がる扉を開けると、須永秋人はいつものように本を読んでいた。
「こんにちは。
今日は何を読んでるんですか?」
彼は本から目線を上げ、気だるそうに表紙を私に向ける。
無駄を全て排除したような綺麗な容姿。
幽鬼のように白い肌と、色素の薄い髪。
それらは須永秋人を浮世離れした、近づき難い人物へと構成していく。
「なんだろう……
あっ、『刺青』だ」
彼の座っている席へ近づくと、それが谷崎潤一郎の著作であることがわかった。
「昨日は萩原朔太郎だったのに、また随分と違うジャンルですね。」
「そうでも無いよ。」
その恐ろしく線の細い身体からは、およそイメージ出来ないよく通る低い声が、閑散とした部屋に響いた。
表紙をなぞる手は、悲しくなるぐらい骨ばっている。ちゃんと食べているのだろうか。
「途中まで北原白秋を読んでいたんた。
それで、耽美主義も読んでみようかなって。」
「ほほう。
だから、こんなに本が散乱しているわけですか。」
設置された長机には『痴人の愛』や『人間椅子』などが、無造作に置かれている。
「私はあまり読んだことないなあ。」
「お前の好きな本は『ごんぎつね』だもんな。」
「あ、馬鹿にしました?」
「してねぇよ。
お前はどうでもいいけど、新美南吉に失礼だからな。それにあれは名作だ。」
ぶっきらぼうな口調が、何だか懐かしくて笑ってしまった。
そんな私を不審な目で見つつ、彼は一冊の本を手に取り、パラパラとページをめくる。
「さっきこれを読んだんだ。」
表紙をのぞき込むと、またしても谷崎潤一郎。
「おまえと同じ名前の女が出てきたよ。」
そういった彼は珍しく、穏やかに微笑んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!