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「…知ってますよ。1度読みましたし。」
私の回答が意外だったのだろう。
秋人の綺麗な瞳が一瞬見開いた。
「自分と同じ名前の物語を読むって、どんな感じ?」
「別に、どうもしませんよ。
まあ、あらかじめ知ってたんですねどね。」
「どういうこと?」
ますますわからないのだろう。
彼の眉間には、小さなシワがよっている。
何だか可愛いものだ。
しょうがないから説明してあげよう。
「私の母がその『青い花』をリスペクトしまして、“あぐり”と名付けたんです。
母に教えられて読んだ時は、複雑な気持ちになったものです。」
「まじか。」
「そうなんですよ。
あと、兄の名前は夜貴で、妹は鏡花といいます。
それぞれ宮沢賢治の『よだかの星』、泉鏡花から取ったのだと言われました。」
「なんつーか、ネーミングセンスが独特だな。」
呆れ顔の秋人が、苦笑しながら呟いた。
私も同意見だ。
「母はちゃんと話を理解しているのでしょうか。」
「泉鏡花に関しては男だもんな。」
「女なだけ、私は良かったですよ。」
「はは、そうかもな。」
目を細めて笑う彼を見たのは久しぶりだ。
嬉しいはずなのに、なのにどうしてこんなに悲しくなるんだろう。
「でも、俺はいい名前だと思うよ。」
急にそんなことを口にした彼は、文字を目で追いながら、少し気恥しそだった。
普段は感情の起伏が表情に出ないが、私に向けられたであろう声色は切なくなる程に穏やかで、心に温もりを与えてくれる。
こういう些細な日々を、心底愛おしく思うのだ。
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