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早めの夕食を終え、二人は花火大会を見る為、浴衣に着替えた。花火大会は隣町だが、集落の外れにある駅まで足を伸ばせば見えるだろう。ここから歩いて一時間は掛かるが、夕涼みには丁度いい。
「行くぞ、織希」
玄関先で先に雪駄に足を通し、村上はもたもたと準備を進める織希を急かす。早くしないと上がってしまう。
「待って、小松さんがくれた団扇も持っていくの」
「祭りで配られる団扇か」
「そう」
青地に波模様の少し丈が短い浴衣の裾を翻し玄関先まで出てきた織希は、帯の背中に団扇を差し込み、村上にもう一つのものを差し出した。
「お父さんにはこっち」
その団扇は、濃紺の空に、黄色、赤、青、緑色の沢山の花が咲いているものだった。
「お祭りのやつの方がいい?」
不安気に仰ぐ織希の髪を撫で、村上は織希を真似るよう、帯の背中に団扇を差した。
「いいや、こっちが良い」
織希は嬉しそうに微笑んで、村上の手を握る。
夏の黄昏時の田んぼから、カエルの大合唱が響き渡る。家へと帰る鳶の高い声。夜を待てない鈴虫の涼しげな音色の中、二人は手を繋いだまま、ゆっくりと歩む。勿論、シベリアンハスキーの〝流〟も一緒に。
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