第一章 暗い眼

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 梅雨が終わった東京に、熱波が襲い来る。ここ数日の気温の上がり方は凄まじいものがあり、これは異常気象だとマスメディアはしきりに情報を流しては水分補給を促している。繁華街の片隅にも等しくその異常気象は猛威を振るい、風もなく、ビルの隙間には纏わりつくような湿気が充満していた。  大通りから路地に入り左手に、古ぼけた玩具店があった。怪しいビデオショップと雑居ビルに挟まれ、まるで再開発からも忘れ去られた様子である。  店内は狭く、黄ばんだ棚が犇めき合い、子供用の玩具がぎゅうぎゅうに押し込められていて、レイアウトなど何も気にしていない風。実際、昼時の店内に客はいない。ここ暫く売り上げはゼロだ。  見るともなしにテレビを眺めながら、この玩具店の店主である村上は、氷の溶けた珈琲を舐めた。安物のインスタント珈琲は、水で必要以上に薄められ更に味気をなくしている。不味い珈琲をちびちびと舌に乗せながら、村上は見飽きたテレビから視線を離し、頬杖をついて丁度レジカウンターの真正面にある扉を見詰めた。  重い磨りガラス。非喫煙者の村上のものではないヤニの黄ばみが、びっしりとこびり付いている。拭けば幾分かはマシになるだろう。けれど、村上は汚いな、と胸の内で呟いて相変わらずぼんやりとそれを眺めていた。
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