627人が本棚に入れています
本棚に追加
玩具店に来客があったのは、昼もとっくに過ぎた頃だった。この猛暑の中、男は黒いスーツを身に纏っている。勤め人ではないと分かるのは、胸元のボタンを大袈裟に開いた派手な柄もののシャツのせいか。
男は注意深く店内を見回しながら真っ直ぐに進み、やがて村上のいるレジカウンターの前で立ち止まった。村上は目の前で凄む男に小さな会釈をする。その男、吉田は、月に数度この店を訪れる男だった。
「田宮、きた?」
不躾な物言いに、村上は小さく首を横に振る。
「最後は」
「確か、二日前かと」
「何してた」
矢継ぎ早に飛んでくる質問にも狼狽えず、田宮と言う小柄な男の容貌を雑に思い浮かべながら、二日前の記憶を辿る。
田宮は確か、店に入るなり村上を見もせず店の奥まったスペースに走り込み、一生売れ残るであろう色褪せたおおきな熊のぬいぐるみをしきりに触っていた。ビニールがかかっている為、田宮がぬいぐるみに触れるたびおおきな音が鳴っていたので、レジカウンターからは見えないがよく覚えている。この店の滞在時間は僅か五分も無かったように思う。一頻りぬいぐるみを物色すると、逃げるように走り去って行った。
隠すこと無くそれを伝えると、吉田の眉間には深い皺が刻まれる。
「ああ、そう。参ったな」
ぶつぶつと呟く男の声を聞きながら、村上は何となく乱れた襟元を眺めていた。
最初のコメントを投稿しよう!