第一章 暗い眼

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 何かおおきな問題が田宮と吉田、はたまた彼らが身を置く組織に起こったのだろう。それはこの四十絡みの男を困惑させる程の問題で、わざわざ猛暑の中ここに来なければならない事態。  けれど村上にとって、その全て何の関係もなかった。組織に身を置いているわけでもなく、吉田は元より、田宮とも親しい間柄ではない。 「八雲からは何も聞いていないか」  村上が頷くと、吉田は大袈裟な身振りで頭を掻いた。 「ブツ持って飛んだんだよ。ここの物は大丈夫だと思ったんだが、やられたよ」  この話は、聞いてはいけない。これを聞けば何の関わりもない面倒事に巻き込まれるだけだ。そう思い、村上は吉田の独り言に全く無反応を通した。  三年前にこの店の持ち主、小笠原と言う初老の男に店を任されて以来、村上は開店から閉店まで座っていれば良かった。治安の悪いこの繁華街に子連れの客が喜び勇んで来る訳でもなし。吉田のような明らかに堅気ではない男達が時折この店を訪れ、そして去ってゆく。中には吉田のように話し掛けてくる物好きもいなくはないが、村上は必要最低限の会話しかしない。関わりたくないのだ。  男達がこの店に何をしに来ているのか、確認した事は勿論ない。けれど、反社会的な行為だとは考えなくても分かる。何かの取引場として使用される店で、何も知らずに店番をしている。村上にとっては、それが最善であった。  やがて返事のない会話にも飽きたのか、時間が来たのか。 「八雲に会ったら、最後の足取りは『ままどおる』だったと伝えてくれ」  今八雲が追っているから、吉田は付け足すようにそう言うと、来た時同様辺りを注意深く見回しながら店を出て行った。
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