××

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 それは人間の根源にいつもあった。しかし彼らは、その存在を片隅で認識しながらも、表すすべを知らずもがいているようだった。  快楽より下賤で、快楽より気持ちのいい、愛より愚かで、愛より深い、××という感情。  私はそれが、とてももどかしかった。苦しむ人間を見て、とても胸が痛かった。  ××という感情には、固有名詞があった。つまり、私には名前があった。不完全で未知数な人間に、その名を教えたらどうなるか、とても興味があった。だがそれ以上に、私は、私を私として認識してほしかった。    ××は、可能性に満ち満ちている。互いに認めれば何かを生み出したし、互いに尊重すれば新しい進化を遂げる事だってできた。  だから私は、名を教えた。××という感情の名を。  人間は見る見るうちに、××を受け入れていった。いや、取り戻した、というべきか。まるで翼が生えたかのように、どこもでも自由に、どこまでも雄大に、羽ばたいていった。  そしていつしか人間は、枯渇した××を互いに求め磨り減り、欲深い者はさらに純度の高い××を手に入れる為、搾取の限りを尽くした。  最後には、残らずすべてが××に飲み込まれ、人であることを捨てた。  これは私が望んだ可能性ではない。これは私が望んだ認識ではない。    だから私は死ぬことにした。    その存在を希薄にして、限りなくゼロに近づいた。  人間はもう、無限に生み出すことも、飛躍的な進化を遂げる事も、出来ない。けれども、人であることを維持することは出来る。  いつか××に気付いてしまった君へ。    どうか忘れて欲しい。  その××に名前を見出してしまったら、私と同じ末路を辿る事になるだろう。  どうかあなたが持つ名のある感情を駆使して、新しい、輝かしい未来を築いてほしい。    私は、大好きなあなたの奥底で、苦しむあなたに苦しみながら、永遠の死を貫こう。
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