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予想外に打ち合わせが順調に進み今日の予定を全て終えた一砥は、もうすぐ会社に到着するタイミングで、プライベート用のスマホに届いたメールを見た。
メールを確認した一砥は、背凭れに預けていた背中を起こし、いきなり運転席に向かって「おいっ!」と声を上げた。
ハンドルを握って信号待ちしていた紘生は、突然怒鳴られ後ろから肩を掴まれて、「うひゃあっ!」と可愛い悲鳴を上げた。
びっくり顔で振り向いた秘書に、一砥は「運転を代われ」と言った。
「え? は?」
「いや、お前はここで降りろ。会社には歩いて帰れ」
「はぁっ?」
「会社はすぐそこだ。降りろ」
そう言って、一砥は自分も車を降り、運転席に回り込んだ。
「ええっ、でもあと数十メートルで着くのに……」
「だから歩いて帰れるだろう。降りろ」
一砥は問答無用に部下を車から降ろし、父の代から使っている、社長専用車のベンツの運転席に座った。
歩道の青信号が点滅し、もうすぐ目の前の信号が変わるタイミングで、一砥はフロントドアを閉める前に言った。
「今から一切、電話を掛けて来るな。用件は全てメールにしろ。いいな」
「はぁ……」
一体何が起きたのか理解出来ないまま、紘生は捨てられた子犬のような顔で呟いた。
そして彼を歩道脇に残して、紺色のドイツ車はあっと言う間に走り去った。
>>>第六話に続く
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