失恋なんかしてないくせに

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「何がいけなかったのかなあ。」  彼は通り過ぎるバスを見送りながら、ふうと息を吐いた。  バス停には彼と私の二人だけ。彼が呟いた呟きは明らかに私に向けられたものだった。  もうやめてよ。私の気持ちも知らないで。  昼過ぎから降り出している雨のせいか、より一層ナイーブな気分になってくる。梅雨入りしてから、結構大ぶりで突発的な雨が降ることが多くなった。  私は水分をたっぷり含んだ傘の柄をぎゅっとつかんで、隣にこしかける彼に話しかける。 「身の丈にあった行動を取らなかったからじゃないの?」  彼は私の顔を見ない。ぼんやり遠くを見つめながら、淡々と口を開く。 「だよなあ。さすがの俺でも勝算はなかったよな。」 「誰から見ても。あんたがあの娘をを落とせる訳ないじゃない。あんなおしとやかなお嬢様。あんたみたいな人、タイプじゃないでしょ。」 「冷静に考えたらね。でもきっとあの時は冷静じゃなかったんだよ。吊り橋効果ってやつ?笑えるだろ。」  彼は苦しいときは、いつも以上に大げさに笑う。ほんとの気持ちを押し殺して、そのわざとらしい乾いた笑い声で自分を偽る。仲のいい友達はみんな、彼のそんな性格分かっている。もちろん私も。 「それで見事に失恋さ。これはこれでかなり面白い話だ。同窓会の話のネタが一個出来たわ。」  彼は笑う。いつも以上に大げさに。ちっとも悔しくなさそうに、空っぽの感情を私にぶつけてくる。あんなことがあったのに、派手に振られたくせに。彼は何事もなかったように接してくれて、そんな反応がいつもはとても嬉しいんだけど、今日は少しだけさみしかった。  昨日まで芽生えてなかった、考えもしなかった感情が私の中で渦巻いて、心の奥底に消えていった。
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