紅の華

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 江戸の薩摩藩邸で長く仕事をしていたという仙之助は、雛菊が江戸の出身だと聞くやいなや、懐かしいからお故郷(くに)の言葉で喋っていいよ、と言ったのだった。それからは、仙之助が来る時だけ雛菊は江戸の言葉を使っていた。  だが、京に売られて来て、京言葉で話すようになって何年も経つ。今となっては、切り替える方が却って疲れる、などとは雛菊は言えなかった。それに、仙之助が江戸言葉を喋る雛菊の向こうに、江戸に置いてきた女を見ていることも、雛菊は知っていた。 「お酒、何にします?」雛菊は仙之助にすり寄り、上目遣いで仙之助を見た。 「いや、今日は酒はいい。それより、どうだった?」仙之助は、雛菊を待っている間に摘まむ為に用意されたお茶菓子を口に入れた。  雛菊は自分の上目遣いが意味を為さなかったとわかると、仙之助から体を離し、ぶすっとして彼を見た。 「山城様だって、あなたと同じく大事なお仕事を受けて京に来ている身。自分の手の内をぺらぺら喋ったりしませんよ」 「それは困ったな。身請けの話、なかったことにしてもいいんだが」  ニヤリと笑う仙之助を見て、雛菊はきゅっと唇を噛み、少し考えると、「この前いらした時に、二条の両替商に捕り物に行くとおっしゃっていました」と言った。 「それならば、昨日済んだことだ。確かに見廻組の連中が来たが、全員無事に逃げおおせた」 「そうですか。両替商ということは、薩摩さんで大金が必要ってことなんですの?」     
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