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「確かに少々煩いですな。しかし何故こんな場所を待ち合わせ場所にしたのですかな?」
ユウが尋ねると、男は持っていたジョッキの中身を口に流し込んでから言った。
「盲点だからよ。人の集まっている場所で殺しの話をするなんざ誰も思わないし、ここなら盗み聞きされる心配もねえ。声は音楽にかき消されちまうしな」
「なるほど、ごもっともです」
思ったより頭は良いのかも知れないと、ユウは思った。
ただし、本当に男が今言ったような理由でこの場所を指定したのであればだ。
「ところで、何とお呼びいたしましょうか?『依頼人様』では、味気ないですし・・」
「名前ねえ・・。まあどうでも良いが、『トラ』とでも呼んでくれ。トラは強いからな。俺にぴったりだろうぜ」
前回の『タコ』にしろ、
今回の『トラ』にしろ、
もっとまともな名前は思いつかないのだろうか・・。
「それでは、『寅様』とお呼びしましょう。では寅様。さっそく依頼の話を・・」
「ところでよ・・」
寅が、ユウの言葉を遮った。
「お前は秘書だったよな?って事はだ。依頼の話を持ち帰って主に話すのがお前の仕事。これで合っているか?」
「ええ、そうです」
「じゃあもしお前が殺されたり、拉致されたりして戻らなかった場合、あんたの主はどうすると思う?」
ユウは考えこんだ。
そういうシミュレーションはしなかったのだ。
だから、ありのままを答えた。
「さて、想像も付きませんな。何せそういう事は今まで一度もございませんでしたので」
「へへ・・。そうかいそうかい・・。じゃあ俺が、お前を人質にする依頼人第1号と言う訳だ!」
そう言うと、寅は右手を挙げた。
すると音楽が消え、周りの喧騒が嘘のように静まり返り、男達が一斉にこちらを向いた。
男達はそれぞれに得物を持ち、殺気を放っている。
「・・これはどういう事でしょうか?」
「だからさっき言った通りさ。お前を人質にする。そして不可避の暗殺者をおびき出す」
「何故、そんな事を?」
「知らねえのか?不可避の暗殺者には、懸賞金がかかっているのさ。しかも、ここにいる連中全員が一生働かなくても遊んでいけるだけの懸賞金がな!」
「なるほど・・。では、ここにいる人達は全て仲間だという事ですか・・」
「その通り!」
通りで店員が注文を取りに来ない訳だ。
ユウが客では無い事を知っていたからだ。
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