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要するに自分を守りたいのであれば、嘘偽りなく、ありのままの自分をさらけ出した方が良いのだ。
それが嫌なら、暗殺など頼まなければ良い。
ユウは立ち去ろうとした。
すると、男が落ち着いた声で言った。
「待て、始末屋」
ユウは立ち止まった。
そして依頼人の方を見ずに言った。
「私は、ただの秘書でございます」
「無駄だ。君が始末屋本人、つまり『不可避の暗殺者』である事はすでに分かっている」
ユウは驚いて振り向いた。
何とか驚きを顔に出さずに済んだが、心のわずかな動揺は見透かされたに違いない。
今の言葉で、この依頼人の手強さを痛いほど理解したからだ。
「流石だ。予想外の事を言われても全く表情に出さない。だが、わずかな心の動揺は隠しきれなかったようだな」
ユウは黙っている。
「無理も無い。君が予想だにしていなかった事だろうからな。どんなに心を殺す訓練をしていようが、予想外の事が起きれば感情が動く。それが人間と言う物だ。人間とは感情的になる生き物だ。感情の高ぶりは自分自身にも抑える事は出来ないのだ。そういう所が、機械とは根本的に違うのだよ」
「・・御託はもう良い」
ユウは観念した。
この依頼人を騙す事は不可能だと悟った。
ならばもう自分を偽る必要は無い。
「それにしても良くしゃべるんだな。意外だったよ」
「これは失礼。私の癖でね」
「癖だと?」
「ああ。自分の知識を話している内に気分が良くなってしまってね。ついつい辛辣な言葉が止まらなくなってしまうのだよ」
「・・望みは何だ?」
「とりあえず、私の話を聞いてくれ。それが望みだ」
ユウはベンチに戻った。
「良いだろう。話だけは聞いてやる」
「助かる」
依頼人はそう言うと、写真を一枚、ポケットから取り出した。
「こいつがターゲットだ」
ユウは写真を受け取った。
15~16歳ぐらいの、桃色の瞳と、明るい紫色の髪の少女だ。
高価なドレスを着ている。
ユウは心なしか、どこかで見た事があるような気がした。
それを察してか、依頼人は笑ったような感じがした。
もちろん顔はサングラスとマスクで見えないので、実際は笑ったのかどうか分からないのだが。
「見た事があるだろう。当然だ。その少女は、最近即位したエスト王国の王女だ。テレビとか新聞とかで見たんだろう」
確かにそうだった。
それは、まだユウが暗殺組織にいた頃の事だ。
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