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私は苦しいのです。
天井が歪んで見えます。
主人と娘が待っているのに、訳の分からないところで訳の分からない若い男の方に訳の分からないことをされています。
指先に洗濯バサミみたいなものを挟まれました。
76という数字 何かしら？
息が 呼吸が出来ないのです。
そんな場合じゃないのは百も承知だけど、この若い男の人けっこう私の好みかもしれません。
そういえば主人にそっくり あそこは大きいのかしら？
私、なんてはしたない32にもなって。
豊さんは今夜、して下さるかしら？
恭子は？娘はどこにいまして？
恭子！恭子！ ここは何処なの？ この男の人はどなたなの？
体を起こして欲しいのです。
息がしづらい。
でもこの男の人、何のお仕事されてるのかしら？
何か焦ってらっしゃる。
草履位の大きさの物を耳に当てて独り言を言っているわ 馬鹿みたいなことしてないで早く助けて下さい。
がはっ！
自分の涎でむせた。
老人じゃあるまいし。
体を横に外を見る。
硝子の向こうにも苦しそうなお婆さんがいるの。
誰さんか知らないけどそこの男の方、私もあのお婆さんも早く助けてくれたらいいのに。
私の胸を触ってきた！
なんて破廉恥な！私には夫が居ますのよ！
豊は仕事に出ていったきり。
私がこんな大変な思いしてるのに浮気なんてしてたら許しませんからね。
今何時ですの？
恭子は学校かしら？
お婆さんも苦しんでらっしゃる。
私も助けたいけど、なぜだか私も苦しいのです。
お婆さんに点滴がつけられているわ。
ああ、あの方もう助からないのね。
どこのどなたか存じ上げませんが、ご家族もおられぬようで、私と若い男の人と三人だけの部屋。
これも何かのご縁でしょう。
失礼ですが私も帰ってお夕飯の仕度しませんと。
しま、せん、と・・・。
きんたま
用事はない
これが日美子の最後の言葉になった。
看護師の男はなんとも言えない表情を浮かべながら
施設長に報告した。
日野日美子 旧姓 梅崎
享年84
死因 アルツハイマー型認知症による多臓器不全。
実際は誤嚥性肺炎だったが、施設の都合により改竄
。
84では最早「きんたま」に用事はあるまい。
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