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☆
「……お怪我はございませんか? 勇者様」
グリューンヴォルフ達の血で汚れたバスタードソードを一閃し、次いで鎧の内側から取り出した羊毛で剣身に残った血を拭き上げながら、何気なく尋ねるテオドール。
「はい、大丈夫です」
難を乗り越え、険の取れた表情でテオドールと彼の部下に礼を述べるレオンハルト。
数時間もの樹海行軍によって疲労しているにもかかわらず、自分達の倍の敵を見事退け、その上護衛対象の自分には返り血1つ付けさせない彼らの手際に、素直に賞賛の声を送った。
「いえ、それほどでも……」
「当然の勤めを果たしただけです」
掛け値無しの勇者の賛辞に、今までぎこちなかった警備隊員達は目を丸くして、そして思わず破顔した。
昨日、レオンハルトが彼らの基地を訪れた時とは明らかに違う、余計な力が抜けた様子のテオドールの部下達に、若き勇者は続けて言葉を掛けようとして……。
「ゲフンッ、ゲフンッ」
……怒気の滲んだテオドールの咳払いに遮られた。
「……先を急ぎましょう、勇者様」
『何をヘラヘラしてやがる。こんなとこで呑気におしゃべりしてる暇はねぇんだよ、分かってんのか……?』
血走った眼差しで言外にそう告げられ、額に汗を滲ませながら返事をするレオンハルト。
「は……はい」
引きつった笑顔と共に頷いた彼の傍らでは、勇者すら緊張させる上司の視線に射抜かれ、警備隊員達が顔面蒼白となっていたが、続けて飛んできた「お前ら、ぼさっとしてんじゃねぇ! 訓練時間倍に増やすぞ!!」の隊長の檄によって、慌てて樹海行軍を再開させるのだった。
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