第九章 また、朝が来る

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 狼狽える八雲に微笑みかけながら、村上はゆっくりと首を振る。 「嫌だよ」 「だったら、だったら縛っておけよ。自信がないんだ。不安なんだよ」  何かに縛られていなければ自分を保てない。村上の側にいる為に、一生を共にする為には、首輪が欲しい。村上のものだと言う、確たる証が欲しい。  けれどやはり、村上はそれを与えてはくれなかった。 「俺は、お前を縛りたくはないよ」  どうして、そう問おうとする八雲を宥め、村上は真っ直ぐな瞳で八雲を見詰めた。 「もしもこの先何処かへ行きたくなったら、迷わずに行っていい。いろんな事を考えて、悩んで、苦しんで、そして頭が冷えてまた俺と織希に会いたいと思ったら、何も考えずに戻っておいで」  その言葉の意味を必死で考える。考えて考えて、そして言葉にはならず涙が溢れる。 「一生を共にしたいと思う。けれど、一生を共にしなきゃいけない訳じゃないんだよ」  村上はそう言って、八雲を胸に抱き入れた。その背にしがみ付き、声を上げて泣いた。  優しいばかりが取り柄だと小笠原は言った。本当にその通りだ。けれど八雲はその優しさに惹かれ、その優しさに苦しみ、その優しさに救われ、そして、その優しさを愛した。  答えのない問いばかりを投げて、困らせて、けれどその全てを受け入れて、導いてくれる。答えはひとつではない。愛は、ひとつではないのだと。
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