第七章 悪夢

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 所詮お前には、何も守れない────小笠原の言葉が、静かに響いている。  墓石に刻まれた名を指先で撫でながら、八雲は息苦しさに深い息を吐いた。守れなかった二人。二度とは戻らない時間。  もう全ては終わり、村上や織希に迫る危機は何もない。分かっている。けれどこの二人のように、また守りきることが出来ずに失ってしまうのではないか。その不安が胸を重くしていた。  不意に尖った鼻先にぽつりと水滴が落ちた。空を見上げると、おおきな雨粒が幾筋もの線を描きながら落ちてくる。村上が大事に手入れしている立派なひまわりたちが、雨に叩かれて何度も細い首を震わせた。次第に強くなる雨足。このままでは首が落ちてしまうのではないか────。 「流!」  その声に振り返ると、傘をさした村上が大股でこちらに向かって来るのが見えた。 「村上さん……」 「中々戻らないから心配したぞ」  眉尻を下げ、村上は八雲を傘の下に導くと優しく肩を抱いた。 「首が……」 「戻ろう、風邪を引くから────」  そう言って八雲の顔を覗き込んだ村上の眉間に、深い皺が刻まれてゆく。  突然唇が奪われ、八雲は思わず息を詰めた。傘がゆっくりと地面に落ち、雨が二人の身体に叩き付けられてゆく。  雨粒が濡らす生ぬるいくちびるが蠢くように食む感覚に身を委ねようとした瞬間、八雲はぞっと背筋を駆けた悪寒に耐え切れず思わず村上を突き飛ばしていた。
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