第七章 悪夢

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 直ぐに我に帰るも、既に村上は八雲から一歩離れた位置でよろけていた。 「ごめんなさい……!」  村上は暫く驚いたように八雲を見詰めていたが、直ぐに傘を拾い打ち付ける雨から守るよう八雲の頭上に掲げた。 「いや、お前の気持ちも考えないで、いきなりして悪かった。風邪を引くから、早く帰ろう」  肩を抱く村上の横顔に、罪悪感ばかりが沸き起こる。 「違う、村上さんは悪くない」  八雲の言葉にも、村上は視線を合わせてはくれない。いつでも八雲の事を想ってくれている村上の事だ。何とか八雲の心を掬い上げようとした行為だったのだろう。それが今、一番八雲が恐れる事とも知らずに。  キスが嫌なわけでは勿論ない。村上の口付けをいつも待ち侘びている程だ。けれど、村上の事を大切だと思えば思うほど、八雲の心は疲弊してゆくのだ。この男の深い愛情を、このまま受け入れていいのかと。 「俺が、そう言う顔をしていたんだろう」 「違う」 「村上さんに、助けを乞うような、そう言う浅ましい顔を────」 「違う!」  村上の悲痛な叫びに、八雲はそれ以上何も言えなかった。  肩を抱かれ家へと戻ると直ぐに村上は八雲を着替えさせ、全身を清潔なタオルで拭いて、丁寧に髪まで乾かしてくれた。何処か重い空気は会話を許さず、沈黙が虚しく響く。  それでもドライヤーを片付けて戻って来た村上は、項垂れる八雲の肩を優しく撫でた。 「織希を迎えに行くが、行くか」  ちいさく頷いて、二人は小さな傘を小脇に家を出た。
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