第七章 悪夢

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 ふと小松が硝子越しに我が子の健やかな成長を見守る二人を見付け、ゆっくりとした足取りで近付いて来た。硝子のひとつは扉になっていたようで、神経質な瞳は痩せた瞼に隠され、人懐こい笑みが二人を迎えた。 「こんにちは、村上さん」  お世話になっております、と頭を下げる村上にならい八雲も頭を下げる。 「雨の中ご苦労さまです。どうぞ、まだもう少しかかりますから。お茶をお出しします」  二人は一度玄関に戻り、小松に迎え入れられ家に上がった。中は画材や本が所狭しと置いてあり、まるで古い画材店のようだ。村上の背中にくっ付いて歩きながら、八雲は物珍しい景色にきょろきょろと辺りを見回した。  二人は草臥れた、けれど質のいい革張りのソファに並んで座り、程なくして小松は温かい紅茶を持って戻ると、向かいの椅子に腰を下ろした。 「急な雨でしたね」  ええ、と村上が頷くと、小松の瞳は漸く八雲へと伸びる。 「そちらは」  思わず背筋を伸ばした八雲の腰に腕を回し、村上は優しく微笑んだ。 「織希のもうひとりの父親であり、俺の、大切な恋人です」  驚いて村上を振り返る。言葉通り、お前が大切だとでも言いたげな優しい瞳に見詰められかあっと顔に熱が上がり、八雲は慌てて俯いた。 「中々複雑ですね」  小松はちいさく笑うと、耳まで染める八雲に微笑みかける。 「織希が貴方の絵を描いていたものですから、お兄さんかと勘違いを」  二人はその後も談笑していたが、腰に添えられたおおきな掌の感触と先程の言葉に動揺し、八雲は話どころではなかった。
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