第七章 悪夢

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 庭先へ視線を投げ、夜の深さに細い吐息を吐く。 「……夢を見るんだ。毎日。小笠原の夢を」  村上は八雲の覚悟を感じ取ったのか、微かに頷いた。 「小笠原は、死んだんだ」  隣で息を呑む気配を感じながら、八雲はそっと瞼を伏せた。 「俺が、殺した。この手で」  記憶が濁流のように押し寄せて、身体が小刻みに震え出す。自然と息が上がり、重い不安がはげしく胸を叩く。村上はそんな八雲の言葉をじっと待ちながら、無意識なのだろう。痛む程指先に力を込めていた。  村上を振り返り、八雲は唇を震わせる。 「上手く話せないかも知れないけれど、でも、聞いてくれる?」  深く頷いた顔には、八雲と同じよう、抑え切れない不安と深い悲しみが滲んでいた。  この重い罪を、そして逃れられない現実を、村上には背負わせたくない。再会して以来ずっとそう思っていた。いつかは話さなければいけないと分かっていて、それでも、全てを偽る事が出来れば話す必要はないのではないかと怯え。  けれどここ数日、村上に支えられながら痛ましい過去を真っ直ぐに見詰め、そしてやはり覚悟を決めなくてはならないと思わされた。  どれ程穢れた心を巧妙に隠したとしても、村上は気付くだろう。何より真っ直ぐに想ってくれる村上に対して、真実を伝えなくてはいけない。それが長きに渡る支配を断ち切った先に見えた、絶望であったとしても。  ゆっくりと顔を上げ、揺れる瞳で必死に村上を見詰める。この優しい男を、深く傷付けてしまうことだろう。それでも、もう朝が来ることに怯えたくはない。 「村上さんと離れた、二年間の事────」 【悪夢・完】
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