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それから二週間ほど経った日の事。
今日は花火大会だ。八雲は漠然とそう思い、窓辺に立った。タワーマンションの二十七階からは、高層ビルが邪魔をして川は見えない。
煙草の香りが鼻先を掠め、八雲は逃れるように窓に指先を這わせた。
「花火でも見たいのか」
背後から響く嗄れ声に、ちいさく首を振る。
「いいえ、懐かしくて」
「懐かしい?」
窓辺から離れ、ベッドで横になりながら八雲を見詰める小笠原の枕元に腰を下ろし、芋虫のような指先から煙草を奪う。
「村上さんと、見に行った」
不機嫌をあらわに真一文字に結ばれた唇にキスをする。苦い、煙草の味がした。
「あの高台で抱き合って、キスをした」
小笠原の腕が裸の腰に絡み付き、八雲の身体を引き摺り込む。丸々と突き出した腹のうえに倒れ込みながら、八雲は扇情的に小笠原を見詰める視線を逸らさない。
「煽っているつもりか」
ふふ、とちいさく嗤い、毛深い腹に口付けを落としてゆく。
「妬けますか」
小笠原は何も言わず、恨めしそうに全身を唇で撫でる八雲を眺めるばかり。
「知っていますか。ここで抱かれる時、俺がなにを想っていたか」
八雲はゆっくりと小笠原の腹に跨り、起き上がったばかりの陰茎を指先で扱く。
「あのひとに抱かれた日の事を想っていた」
口元に笑みを湛え裏切りの告白を続ける八雲を、小笠原は静かに見詰めるばかり。
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