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「あのひとの指を、あのひとの声を、あのひとのあまいキスを、あのひとの、熱い昂りを」
先走りに濡れた屹立を蕾に当てがい、ゆっくり腰を落としてゆく。
「俺には、貴方しかいなかった」
ずる、ずる、と呑み込む怒張が硬さを取り戻し、狭い内壁を擦り上げる。息苦しくて、敏感な身体はすぐさま悦びに震えるけれど、八雲は言葉を止めなかった。
「俺の世界は貴方が引くリードの許す限り。狭くて、息苦しくて、でも、貴方がいなければ俺は生きて行けなかった」
全てを咥え込み、苦しげに息を吐きながら、八雲は真っ直ぐに小笠原を見下ろした。
「感謝しています」
小笠原の指が伸びる。頬に触れ、優しく目尻を拭う。
「村上を逃したのだろう。知っていたよ」
全てを悟ってしまった穏やかな顔付きに、目頭が熱を持つ。
「俺を殺し、村上の元へ行くのか」
決意を込めて頷いた拍子、小笠原の指を涙が滑った。
「あの男に、お前が扱えると思うのか。優しいばかりが取り柄の男だ。散々男を喰い物にして、この快楽の蜜を嘗め尽くしたお前が、あの男で満足が出来るのか」
溢れる涙をおとしながら、八雲は酷く震える手を伸ばす。小笠原は抵抗せず、まるでその震えを止めるかのように、首元へと充てがわれた手に手を重ねた。
「何よりお前は幸福を受け入れられるか。満ち足りて、自らを犠牲にする事もなく、窒息しそうな平穏の中で、お前は生きられるのか。誰も、守れなかったお前が────」
滲む視界を晴らす為に瞼をきつく閉じ、腰をゆっくりとグラインドさせる。小笠原が好きだった、円を描くような動き。
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