第八章 永遠の支配

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 静まり返った部屋に、荒い呼吸と啜り泣く声ばかりが響く。ゆっくりと手を離し、身体を退ける。小笠原の身体はまだ熱を持ち、汗が下膨れた頬の皺をたどって流れていた。けれど、もう命は尽きた。  全てが終わった────。  たったひとつの命、こんなちいさな男に支配されていた。それが酷く滑稽で、けれど、何故だろう。重い喪失感が胸を満たしていた。  ふと思い出す。客を取るようになったのも、小笠原が悦ぶだろうと、八雲が小笠原を誘ったからではなかったか。他者の好意に報いる術を、それしか知らなかったから。  まるで太陽のような八雲浩介を失った、光のない道。ひとり歩いて行かなければならなかったその道で、手を引いてくれた男。肉がたくさんついたおおきな掌で髪を撫でて、その容姿が醜いと陰で蔑まれてもいつも、決して折れぬ自尊心に胸を張っていた強いひと。  社会から逸脱し、隠れるように暮らさなくてはいけなくて、それでも、生きるための道を与えてくれた。その背中を追いかけて、いつしか追い越して────。  二度とは開かぬ瞼を撫でて、下膨れた頬に触れる。溢れた涙が頬を濡らし、八雲は微かに微笑んだ。 「貴方は、ずるいひとだ」  自由を与えるフリをして、永遠に消えない首輪を、この首に遺し逝くのだから────。 【永遠の支配・完】
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