第九章 また、朝が来る

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 涙と共に流れた汗が、びっしょりと寝間着のズボンを濡らしている。山間から降りた風が、熱くなった身体を冷やすように縁側へと吹き込んだ。  荒い呼吸を宥めるようにゆっくりと息を吐き、八雲はあの日の記憶の最後を語る。 「小笠原は、堺さんと一緒に、山に埋めた。他の連中には、俺を連れて海外にしけ込むと、小笠原の携帯から連絡を入れて」  それから、この村へ来た。重い喪失感を抱いたままに。 「小笠原の事を、俺はきっと愛していた」  愛が何か、やはりまだ分からない。村上の事を愛しているのに、やはり小笠原の事ばかりを考えて。 「貴方に愛されるたびに、自分が不実な気がしてならないんだ。織希を見るたびに、愛が何かも分からない俺が側にいてはいけない気がするんだ」  村上が握る右手に力を込めて、左手で瞼を覆う。 「消えてしまいたくなる。消してしまいたくなる、全てを」  熱い涙がまた溢れ、とめどなく胸を圧す。  幸せになる為に小笠原の支配を断ち切ったはず。幸せになる為に全てを捨ててこの地に逃げてきたはず。二人の笑顔の為に、ここまできたはずだったのに。
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