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やがて彼はとあるマンションの前にやってきた。
「みーつけた」
オートロック式のマンションだ。ガラス製のドアがマンションと外界の間をしっかり遮っていた。
傘を閉じ、インターフォンのパネル前に立つ。
迷いなく四桁の番号プッシュして、通話ボタンを押す。
ピーンポーンという軽やかな音が機械から響いた。それを聞き、目を細めてニッと笑う。
しばらくの間があった後スピーカーから女性の声が聞こえた。
「はぁい、どちらさまぁ?」
室の悪いスピーカー越しでもわかる、甘ったるい女の声だ。
「あー、オレオレー」
「んー? 誰ー?」
「だから、俺だってば」
「ひょっとして……タカ君?」
青年は再びニッと笑う。
「いえーす」
「もー、ちゃんと名乗ってって言ってるでしょー」
「ごめーん」
「今、開けるからねぇ」
閉ざされたガラス戸のロックが外れる音がした。
「どうぞー」
「じゃあ、すぐに行くよ」
先ほどまでとは違った、抑揚にかけた口調でそう言ってから、猫背の青年は開いたガラス戸を通ってマンションの中に入った。
しずくの滴る傘の先端を引きずりながら、彼はロビーを通り抜ける。軽やかな足取り位に合わせて、カラカラと乾いた音。
彼を待っていたエレベーターに乗り込み、そのままドアを背にして中央に立つ。
ゆっくりとエレベーターは閉じ、そして上昇を始めた。
最新式のマンションのエレベーターは、行きたいフロアのボタンを押さずとも、勝手に案内してくれる。
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