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平日の夜だが、客入りはよく、それなりににぎわっている。ルーレット台を囲むのはガラの悪そうな若い男や、成金といった風体の中年男の他に、飲み会の帰りらしきごく普通のサラリーマン集団もいた。タバコを吸う女性の姿もある。
スピーカーから響くのは軽快なピアノ曲。何の曲かは眞尋にはわからない──ピアノやクラシックには詳しくない。どこかで聴いたことがある気もする。
ふと眞尋は、バーカウンターの片隅で鍵盤を叩く男の姿に目を留めた。
店内に流れるBGMは、きっと、彼の演奏によるものだ。小さめの電子ピアノだが、演奏の巧みさと、旋律の流麗さは申しぶんなく伝わってくる。
(……もったいねぇなぁ……)
率直な感想はそれだった。場末の闇カジノで響かせるような音ではない。もっとふさわしい場所で、ちゃんとした音響設備で、いっそグランドピアノで聴きたいような演奏だ。
弾く男を観察してみる。眞尋とおなじくらいの年頃だろうか。十代後半。黒髪に黒いパーカー……前髪は重たく目元を隠して、顔つきはよく分からない。どことなく気だるげで陰のある雰囲気を纏っている。
(ヤクザではねぇな)と、判断を下す。バイトで弾きにきているだけの若者。あるいは借金で首が回らなくなり、バーテンとおなじように逮捕用の人材として置かれているのかもしれない。
「眞尋さんっ」
綾人に名を呼ばれ、眞尋はピアニストから視線を外す。
「何か食うんすか?」
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